「今回の目的は……此処、トージョウの西に浮かぶ小島――ふたご島より“あおぞらプレート”を回収する事。

 炎タイプのお嬢さんには少々分が悪いだろうが……其処は私がサポートしよう。

 尤も、私とて水が得意と言う訳でもないので役に立てるかは分からないがね」

 

「あの……ごめんなさい、こういう場所、得意じゃないのに付いて来て貰っちゃって……」

 

「……いや、構わないさ。そもそも同行を志願したのは私の方だからね。

 早速行こうか、異国人に見付かると厄介だ」

 

 薄暗い洞窟内を歩く私、その少し後ろを歩く彼女――シンシア。足元を照らすのは彼女の髪――否、揺らめく炎。決して敵に感知されない程度の明るさで、尚且つ不安定な足元を照らしている絶妙な灯だ。

 我々の間にはただ気不味い沈黙と、二人分の靴音のみが小さく響いている。

 特に気の利いた話題も思い浮かばず、それどころか却って彼女を怯えさせてしまうのではないかという思いが渦を巻く。昔と何も変わらない社交性の低さが自分でも悔しくて、ただ沈黙を守る事しか出来ない。

 

 私と彼女の間に決定的な、それも不本意な形で溝が生まれてしまったあの事件は何年前の事だっただろうか。

 確か、私も彼女もミュータントとしては不安定で未完成だった時期のような記憶がある。

 

 

 あの日、私は地下に潜りたがる科学者――私をこの身体に改造した彼に連れられ別の科学者の研究所に来ていた。

 閑散としていた我々の研究所と違い、沢山の“音”が犇き合っていたのが凄く印象的だったその場所。

 己の視力となる仮面が整備されている数分の間に事件は起こった。

 

 聞こえるのは人々の悲鳴、大勢の足音、硝子の割れるような音。暗黒の視界。

 ごう、と何かの迫るような気配と音を感じた直後、顔の辺りに熱さとも取れる激痛が走って。

 訳も分からぬまま倒れ伏した私は、其の侭意識を失った。

 

 次に意識が戻った時、最初に聞こえたのは誰かが謝るような声。

 「ごめんなさい、ごめんなさい」と、呪文のように繰り返す少女の言葉。

 私は、その少女が誰か知らなかった。また、何と答えたら良いのかも分からなかった。

 それよりも、彼女の目に仮面を外した私がどう映っているのかが気掛かりで、結局何も言葉を掛けられずに終わってしまったのだった。

 

 とあるミュータントが能力を暴走させ、逃げ遅れた私に炎が襲いかかった……それを知ったのは、私達が地下研究所に帰った後の事。

 目元に火傷の跡が残ったらしいが、全盲の私には関係ないし仮面で隠せる範囲だそうなので問題は無い。

 それよりも、あの少女の事が悔やまれる。私が何か言葉を掛けていれば、あの少女――シンシアは、気に病まずに済んだかもしれないのに。

 

 

 こうして、ISHで再会してからも私と彼女の――今でも罪悪感を感じているらしいシンシアと、上手く誤解を解けずに居る私の間に在る溝は未だ埋まらずに居る。

 今回もそんな現状をどうにか打破しようと半ば無理矢理、彼女に同行したのだが……さて、どうしたものか。

 

 揺らめく炎の影を見詰め、小さく溜息を吐いた――その直後だった。

 

 

 

「貴様ら、何奴だ!」

 

 凛とした迫力の在る女性の声が洞窟全体に響き渡り、場の空気を一気に緊張させる。

 即座に背後のシンシアと背を合わせ、周囲に意識を張り巡らせた――馬鹿な、此処には我々の気配と音しか無かった筈、なのに何処から……?

 辺りを見回すも人影は無い。その直後、微かに風の振動を感じ取った。

 この感じ――飛び道具か!

 

「お嬢さん、右ッ!」

 

「え……っ!?」

 

 迫りくる何か、それは咄嗟に反応出来ずに居るシンシアに向かって一直線に飛ぶ。

 無理もない、一瞬の出来事だったのだから。

 私は叫ぶや否や“獣”の姿に戻り、跳躍し――

 

 

 先端の尖った菱形の其れを、横から銜えるような形で押し出した。

 

 

「あ――アイロニカさん!?」 

 

 

 不味い鉄の味が口全体に広がるも、起動を逸らされた鉄製の武器は私諸共地面に転がり彼女を襲うことは無くなった。 

 幸い、私はメタモルフォーゼの効果で目を回すこともなく立ち上がれる。直ぐ様、吐き捨てた凶器を確認したが……これは一体何だ?

 黒く鉄製であり、先端が尖っている。投擲を目的とした物だろうか、随分と原始的な代物だと言うこと位しか分からない。

 

 

 

「あの、大丈夫ですか?ごめんなさい、また私の所為で……!」

 

 変身を解き服に付着した泥を払う私に、彼女は泣き出しそうな表情を向けて来る。“また”とは恐らく、あの事件の事を指しているのだろうか。

 違う、今もあの時も、私は君を責めるつもりなど毛頭無い。それなのに……何故口に出して言えないのだろう。

 

「……貴方は、少し気に病み易い傾向に在るのですね」

 

「…え?」

 

 口から紡がれたのは、全く別の言葉。

 

「宜しいですかお嬢さん、此処は戦場で私達は同じ組織に属する仲間です」

 

 正直に、自分の感情を口にすればいいだけの話なのに。

 

「仲間が危険に陥った時、それを助けるのは義務――いえ、当然の行為なのですよ」

 

 こんな分かり難い例え話で、何重にも要らないオブラートに包むことしか出来ないのか。私は。

 

「だから、貴方が責任を感じる必要は無い。現に、私は君に対して怒りだとか憎しみだとかそういった感情は、微塵も抱いて居ないのだからね」

 

「……はい、有難う御座います」

 

 それでも………少しだけでも、伝わったのだと思いたい。

 答えた彼女の表情が僅かながら綻んでいたのは、きっと見間違いでは無いだろうから。

 

「どうか御気になさらず、お嬢さん。……それよりも、先ずはあちらの相手が先決でしょう」

 

 

 聞こえたのは、二人分の足音。

 一人は、正面から歩いて来た和服姿の女性。薙刀を背負った彼女には、凛々しさや只者ではない雰囲気が纏わり付いている。

 もう一人は、岩場の影から音も無く飛び出してきた奇妙な装束の少女。両手には先程の飛び道具と同じ物が数本構えられていた。

 

「貴様らか、プレートを狙った侵入者というのは」

 

 先刻聞こえた大声の主は、どうやら薙刀の女の方らしい。

 少女の方は口元が布で覆われていて表情が読めないが、恐らく薙刀の仲間だろう。

 

「如何にも、我々は上層部の命により“あおぞらプレート”の回収に参りました。

 決して貴方方との戦闘が目的なのではなくプレートの能力で各世界間を自由に行き来する事が目的なのですが――」

 

「知らない、貴方達の目的なんて僕には無関係。即刻、此処から立ち去って貰う」

 

 少女が淡々と紡ぐ言葉の内容は、清々しいくらいに予想通りの反応。 

 私が再び“獣”の姿に成ったのを合図に、洞窟内を照らす炎は明るさを増した。

 

「それならば……貴方達は邪魔です、私の炎で燃え尽きてしまいなさい」

 

 貴方方、旧式の武器しか用いない異国人に……我々が負ける事など在り得はしない。

 そう叫んだ私の言葉は獣の咆哮となって彼女らに襲い掛かった。

 

 

 

 

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お借りしました!

 

シンシアちゃん(@ひさとさん宅)、薫さん(@スピネルさん宅)、沫霞さん(@奏出さん宅)