私が最も苦手とする敵は、決して強者ではない。
人間離れした知能で奇策を練る者でも、影に紛れて姿を見せぬ者でもない。
敵意を抱けない敵、倒そうと思う気すら失せるような敵。
……全く、厄介な敵に出会ったものだ。
「よぉ、また会ったな猫!」
猫――そう呼ばれるのは、実際余り本意ではない。
私の原型は、本来猫などという可愛らしい物ではなく寧ろ獰猛な豹に近いのだが……。この男にとっては恐らく私が犬であろうが鳥であろうが機械であろうが、然程問題は無いのだろう。
”にゃあ”と獣の声で一鳴きすれば、目付きの悪い眼前のホウエン軍人――確か、以前はザッキーと呼ばれていただろうか? 本名では無いのだろうが、私にとっては割りと如何でも良いので気にしないことにする。
動物が好きなのか、凡そ戦場には似つかわしくない満面の笑みを此方に向けながら私の頭を掌でぐりぐりと撫でた。
「よーしよしよし、ほら猫。にぼし食うか?」
軍服のポケットから取り出された袋には、確かに私の好物である――厳密には改造手術を施され味覚が変化して以来、好むようになった魚類が。
彼はそれを手に載せ、私の口元まで運ぶ。食え、と言わんばかりの笑顔だ。
しかし、私は誇り高きISHのミュータント。そう簡単に敵の誘いに乗る訳には――
「そうか欲しいか! ほれ、幾らでもあるからな!」
訳には――
「沢山食べてカルシウム補給しろよー。イライラしてると良い事何もねーからなぁ」
…………。
人間も動物も、生きる為には食べなければならない。
そして、腹が減っては戦は出来ぬと大昔の人間は言った。
つまりはそういう事である。
そう言えば彼と初めて出遭った時も、あの食料が切っ掛けだったのを覚えている。
私はホウエン偵察の最中で、隠密行動に適している原型の姿で行動していた。
其処で出会ったのが、このザッキーと名乗るにぼし男だったのだ。
本来、このホウエンの地に私のような原型ポケモンは存在しない。
故に私が異国からの訪問者であることは容易に想像出来る、その筈だ。
しかし、彼は私に敵意を示さず寧ろ食料を分け与えて来た。言わずもがな、にぼしである。
……最初こそ毒でも盛ってあるかと警戒したが、同じ袋のにぼしを次から次へと食べる彼の姿を見ていると何故だか食べる気になった。
初めてだ、こんな異国人に遭遇したのは。倒す倒さない以前に、毒気を抜かれるとは。
あの鳥人間くらい敵意をぶつけられれば未だ対応のしようがあるが……。
「おい猫、お前はこれから何処に行くんだ?」
砂漠遺跡に、そう答えた口はただ”にゃあ”と鳴くのみ。
そんな私の返答をどう受け取ったのか、彼は「そうかそうか」と頷き。
「オレは砂漠遺跡っつーとこに行くんだが……猫、お前も来いよ。そしてモフらせろ!」
偶然にも、私と彼の行き先は同じらしい。……尤も、プレートを捜せとの指示を受けた私と「侵入者を撃退せよ」とでも指示を受けたのであろう彼とでは道中で別れることになるだろうが。
それでも現在位置から砂漠遺跡に至る最も近い道は今まさに彼が進もうとしている道であり、否が応でも私は彼と行動を共にせざるを得ない。
彼なら異国人の私と違い地に詳しいだろうし、此処は単独行動より共に進んだ方が利口な選択だろう。……決して、にぼしに釣られた訳ではない。絶対にだ。
そんなこんなで、私はホウエン侵入から目的地の砂漠遺跡への道中をにぼし男と共にしたのであった。
……その後私が大人しく彼にモフられたのかというと、それはまた別の話。
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