「あの鳥人間めッ……!」

 

 私はただ走っていた、傷付き疲労に軋む四本の脚に鞭打ちながら。

 背後に迫るのは、轟音を上げて――とまでは行かないも、静かに、しかし確実に私を追い詰める水流。

 今こうして水に飲まれず済んでいるのは、獣の脚力があるからだ。普通に人間の姿のまま走っていたのでは一溜まりもないだろう。

 

 私が何故こうして走っているか……全て、あの鳥人間の所為だ!

 あの旧来種……私の眼を傷付けたばかりか、戦闘中に海水の侵入を知らせる警報装置の一つを破壊するなど!

 結局、決着が付かないまま彼は側に控えていた生物――恐らくシンオウという国の生物だろう。彼はパンツァーと呼称していたが……。

 あの巨大な生物に、半ば無理矢理連行されるような形で去って行った。

 

 その直後だ、遠くで別の警報音が響き渡っているのに気付いたのは。そして、微かだが水の流れる音が聞こえたのも。

 しかし、時既に遅く。私が海上を目指し行った先は、既に隙間から入った水に沈んだ後。

 あのまま直進しても、足元の水嵩が増すばかりで海上に辿り着けたとは到底思えない。

 

 だから私はこうして、行く宛もなく必死で駆けている。

 ただ背後の水流から逃れるため、水の匂いや音を聞き分けながら。

 原型は脚の本数が多い分、人型に比べて背が低い。おまけに泳ぐのはまだしも潜るのは圧倒的に不得意だ。

 この姿のまま水流に追い付かれたら、それこそお終いだろう。

 

 その点、人型ならば潜水もそれなりに可能だ。

 しかし決定的に欠けているのがスピード、即ち脚力――どう足掻いても、原型との差は埋められるものではない。

 

 どうすれば良い?

 原型姿のまま走るか、人型に戻って泳ぐか。

 そして、何処に向かうのか。

 

  私の出した結論は――。

 

 

 

 

 

 

+++

 

 

 

 「………それで、どうしたの?」

 

「それで――とは?」

 

 今の話に、何処かおかしな点でも在っただろうか?内心首を傾げる私に、だからさ……と目線だけ此方に向けながら機械を弄る彼――ハナビシ博士は続けた。

 

 「その後、君はどうやって海底洞窟を脱出したの?

 ……だって、人型じゃ速く走れないから水流に追い付かれる。原型じゃ上手に泳げない――となると、君はどうやっても海上ゲートには辿り着けないという結論に至るじゃないか」

 

 成程、言われてみれば確かにその通りだ。

 当時は無我夢中だったから気付かなかったが、冷静に考えると相当危ない橋を渡っていたことになる。

 余裕を失うなど、私らしくもない。今でも未だ、虚勢の域を出ないとは……ね。

 

「そりゃあ勿論、下に降りたんですよ。海上に行くのはほぼ不可能でしたからね」

 

「下って………もしかして、あの遺跡最奥部のワープゾーン?

 いや、確かにあそこなら此処――ジャイアントホールに来られるけどさ、水没してたんじゃないの?」

 

 「してましたよ――半分位。しかし、流石はISHの機械ですね。迫り来る海水にもしっかり耐えていました。

 ですがあと10分も到着が遅れていたら、パスワード入力装置が水没して機能を果たさなくなっていたでしょうね。

 ……科学の結晶であるISHのミュータントが溺れて死ぬなど、何とも屈辱的じゃありませんか」

 

「確かにねぇ、君は本当に運が良かったよ。――よしっ、お終い!

 さ、君のもようやく直ったよ。テストしてみて?」

 

 ハナビシ博士がつい先程まで弄っていた……もとい、修理していた私の仮面――あの忌々しい旧来種に傷付けられた“眼"を手渡す。……手袋をしていても不安なのか、端を持っている。

 しかし、何処を持とうが機械に影響はあるまい。受け取ったそれを顔に戻し、スイッチを入れる。

 

 認証、接続、暫しのノイズ………少しの間を置いて、私の脳に直接ハナビシ博士の不安気な顔が映し出された。

 映し出された。と言っても、画面は白黒でおまけに画質が粗い。

 注意して見なければ、人物と背景の区別すらつかないかも知れないのだ。……特に、戦場においてこの不正確さは危険。

 故に、私にとってはあまり意味のある物ではない。………それでも、無いよりはマシだが。

 

 「……どうかな? 破損部分は新しい部品と交換したし、幸い接続部とかの重要な箇所は傷付いてなかったから大丈夫だと思うけど…」 

 

「ええ、何ら問題有りません。……流石はハナビシ博士、完璧な修繕です」

 

  ほっ、と安堵したように笑みを零す彼を見て、ふと私は先に逃した彼女――アルの事を思い出す。

 彼女は無事、海底遺跡から脱出出来ただろうか?

 あの後、誰か別の異邦人に捕まっていないとも限らない。それに彼女のことだ、捕まらずとも見掛ければ戦闘を仕掛けるだろう。

 アルが警報を聞いても脱出しようとしなかったとは考え難いが……心配、だな。

 

「有難う御座いました、博士。また何かあったら宜しくお願いします。

 ……所で、リュウラセンの塔への移動装置はどちらに?」

「ああ、それなら案内するよ。こっち、付いて来て!」

 

 

 

 博士に連れられ装置の部屋に着くまでの間、私はあの鳥人間……名前は聞かなかったが、兎に角侵入者だ。彼の事を考えていた。

 彼の言葉から察するに、どうやら上層部――三銃士やビクティニ様達と彼の国の間で何かがあったらしい。

 「マナフィ」「プレート」などという断片的な言葉を聞きはしたが、何も知らされていない私には何の事だか皆目見当もつかない。

 我々ミュータントは、ただ上の命令に従うだけ。別に、それが悪い事だとは思わない……だが……。

 

 この戦いで何かを得た気はしない。ただ、謎と傷ばかりが残った――そんな、印象だ。

 

 

 

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お借りしました!

 

ハナビシさん(@にゃ〜さん宅)

 

名前だけお借りしました!

 

アルデラちゃん(@清峰霧居さん宅)、エーデルさん(@ひわさん宅)、三銃士・マナフィさん・ビクティニさん(NPC)