――そうして迎えた“トージョウ開国作戦”当日。ジョウト地方小金街、ステーションからそう離れていない大通りに二人は佇んでいた。
見渡す限り歩いているのは和装、和装、和装――時折聞こえる下駄の音が新鮮で、思わず任務も忘れて本当に観光をしに行ってしまいそうなくらいだ。
各々ミッションを遂行するために侵入したダイスとコペルニケルは、けれどそれが意味を成さないくらい物珍しそうに古めかしい町並みを眺めている。
カロスとは違いギラギラとした欲望のネオンは無いけれど――それでも十分、豪華絢爛と呼ぶに相応しい賑わいを有したその街。
ひらひらと宙を舞うフェネインの持つ羽の柄が「雅」と呼ばれるトージョウ由来の名前を持つとは知っていたけれど、成程確かに他には無い独特の美的センスを持っていそうな国である。
「……あ、そうだ。コペ、ちょいと待ちな」
「どうかした?」
早速歩き出そうとした矢先に呼び止められ、振り返ったコペルニケル。彼が目にしたのは、ニヤニヤと楽しそうに笑いながら手の中で何かを弄ぶダイスの姿だった。
掌の中の六面ダイスを見せながら「恒例の役決めターイム」と笑う友人にも慣れたもので、コペルニケルは「ボクはヒート君がいいなぁ」と笑うばかり。
掌で転がし、ポンと投げたサイコロの出した目は四――好奇心旺盛な『研究者』の役だ。
瞬間、それまで浮かべていたニヤニヤ笑いとは一転――その顔に浮かぶのは、溢れんばかりの興味と興奮に輝く純粋そうな笑みで。
「わー、すっごい!!! 何で舗装もされてないしコンクリートも無いのにココまで出来るんだろ? 何で皆、洋服じゃなくて和服を着てるんだろ?
そういうのってきっと此処とカロスの文化や風土が違うからだよね! きっと、未だ見たことがないモノと出会えるに違いない! あー、気になるなぁ気になるなぁ!
ねぇ、コペ君もそう思わない? ワクワクしない!?」
未開の地を眺め回しながら、先程の彼ならば見向きもしなあったであろう部分にまで興味を示してテンション高く捲し立てるダイス。
そんな彼に「今日はカット君かー。ボクは其処まで気にしないかなぁ」なんてちょっぴり残念そうに、されど差して気にする様子は無くコペルニケルは答えた。
それから、百貨店を眺めたり地下通路の怪しげな露店を覗いたりすること数時間――すっかり本来の目的を忘れていそうな彼らも、勿論本当に三巨頭から言い渡されたミッションを忘れている訳ではない。
敵襲に警戒しながら、また一般人でない“喧嘩”の出来る相手を探しながら、トージョウ歩きを楽しんでいるだけなのである。
そうして、小金街から出て隣の槐街に向かおうとした道中――三十五番道路で“其れ”は現れた。
始まりは唐突に二人を狙い飛んで来た、二本の黒い物体――本で読んだクナイと呼ばれる武器だ。
咄嗟にはたき落とした二人は、それが飛んで来た方向に立つ一本の樹の枝……その上に、複数の影があることに気付く。
生い茂る葉に上手く身を隠していた“其れ”は一瞬の内に姿を消し、次の瞬間――ある程度の距離を保ち、二人の眼前に移動していた。
その間僅か数秒、まるで瞬間移動でもしたかのようだ。
クナイの主である“其れ”――黒い布で口元を覆い隠した装束姿の女、そしてその背後に控えるペンドラー、フシデ、ヨルノズクの三匹はどう見てもこれまた本に記されていたトージョウ特有の職業――“忍者”そのもので。
「……へぇ、随分と個性的なラブコールをしてくれるオネーサンだね」
「ねぇ、ちょっと!! 何これ、何今の! こんなちっちゃいナイフを正確に投げられるとか凄くない??」
片や呑気に、片や興奮気味に――凡そ敵意とは程遠い反応を示したコペルニケルとダイスを不審に思ったのだろう、対峙する女は顔を隠し感情を読ませぬものの微かに眉を顰めたのが見て取れた。
しかしだからと言って警戒を緩める事はなく、真っ直ぐ二人を見据えている。
そして、彼女が何かを言おうとした――次の瞬間。その両目が一瞬だけ、二人の背後を捉えた。
その視線の動きを見逃さずに背後を確認したダイスの視界に飛び込んできたのは、口元だけ黒い布で覆い隠した――されど茶色の袴に身を包み刀を此方に向け、後ろに原型のハッサムを従えた一人の少年の姿。
顔だけ見れば彼女と同じ忍者だが、首から下は武士の装いである。
「拙者も助太刀致すでござる! こんな野蛮な任侠共に、ししょーを傷付けさせる訳には行かぬ故!」 少年の言う「ししょー」とは、恐らく彼女の事なのだろう。あどけなさを残すその顔には、口元こそ見えないが戦いを楽しむかのような表情を浮かべている。 その証拠に、両目が爛々と輝いているではないか。そんな少年をちらりと見た女は「……私は主に使える側の身、貴方の師匠ではありません」と返したのみ。 そして、此方へと鋭い視線を向け――尋ねた。 「お前達が……開国を迫る、カロスの民だな?」 「やだなぁ、開国だなんて! 俺はただトージョウの素晴らしい文化を見物に来ただけだよー……っと!」 わざとらしいくらいにニコニコと微笑みながらしゃあしゃあと嘘を述べるダイス――しかしその言葉は、彼女の飛ばしたクナイによって再び遮られることとなる。 殺気に気付き済んでの所で攻撃を避けたが、それは明確な「如何なる理由であろうと侵略者は排除する」という明確な意思表示。 おまけに背後は武士の少年によって塞がれているため、流石にこれでは堂々と戦闘放棄して逃げるという訳にも行くまい。
「……あっはは、ちょっとヤバいかなぁ。でも愉しいかも」
「相変わらずカット君はドMだねぇ」
「えー、そう? これくらいの逆境、普通に燃えるだけだと思うけどなー」
「じゃあ、そういうことにしておいてあげるよ……で、どっちやりたい?」
「そうだなー……――じゃあ俺、こっちの美人なオネーサン。……あ、フェネインは後ろの奴らが手出ししないように見張ってて」
「オッケー、じゃあボクはこっちの男の子やろーっと。さっさと倒してトージョウ見物の続きをしなくちゃねぇ」
少しの相談の後、背中合わせに各々の倒すべき敵と対峙するダイスとコペルニケル。
女は戦闘態勢に入り、少年は「よーし、頑張るでござるー! 千鳥ししょーも頑張って下さいませ!」などと刀を構えながら彼女に声援を送っている。
数秒の静寂が場を支配した後、二人は同時に地を蹴り――戦闘の火蓋は切って落とされた。
楽しそうに笑いながら闘いに興じるマフィアとポーカフェイスを貫くくノ一、遊ぶように戦う武士。その四人のダブルバトルがどんな結果を、傷跡を残すのか。それを予測出来る者は、恐らく居ないだろう。
**
――ダブルバトル開始から數十分後のジョウト地方、三十六番道路。
ダイスは見慣れない景色に不安を覚えつつも、兎に角その道を必死に走っていた。
服は所々破れ、頬にも切り傷が幾つか出来てしまっている。おまけに、共に行動していた筈のコペルニケルと相棒のフェネインも今は姿が見えない。
二人が幾ら戦闘慣れしているとは言え、先程のダブルバトルの相手――忍者と武士も、戦闘のプロであることに変わりは無い訳で。 また少年の方は戦闘能力が然程高くなかったとは言え俊敏だったし、女の方が繰り出した奇妙な術にはかなり苦しめられた。 おまけに土地勘で言えば余所者の自分達より相手の方が優っている分、長時間戦えばそれだけ勝ち目が薄れてくる。 だから、程々の所で二人は逃走を決意したのだ。フェイントを掛け、一瞬の隙を突いて彼女らから離れたは良い物の……当然ながら追い駆けて来る少年と女。 フェネインに友人を任せて二手に別れ、身を隠し――そうしてどうにか、撒く事に成功したという経緯である。ただ、戦闘での疲弊に加えて逃走もかなりの労力を要する。 今のダイスは、心身ともに疲れ切っていた。
「ったく……どうなってるんだろうねぇ此方のニンジャとかいうアサシン共は! 怪しい能力を使いやがって――巫山戯んじゃねぇよ、クソがっ!!」
いまいち安定しない口調、混ざり合い不協和音を奏でる人格。精神的に不安定なのが如実に現れており、ダイスは思わず立ち止まった。
背後を確認するも、木々の生い茂る通りには誰の姿も見えない。一先ずは安心、そして深呼吸を繰り返し激しく脈打つ心臓を落ち着かせよう。
槐街で落ち合うと約束し別々の経路を進んだコペルニケルとフェネインの安否が気に掛かるが、それでも追手を撒いた安心感に少しずつ精神は安定を取り戻していく。
「……一旦、リセットした方が良いかもねぇ」
呟き、投げたサイコロの出した目はニ――先程の『研究者』ではなく、穏やかな『交渉人』の役だ。
それを視認した瞬間、疲れ切っていたようなダイスの表情には否応無しに穏やかな笑みが浮かぶ。
疲れを感じさせないそれは、感情も思惑も全て覆い隠してしまう鉄製の仮面にも似ている。
「はー……でも、逃げ切れて良かったね。取り敢えず、コペさんと合流しなければ……」
友人の安否確認をするべく、歩いて向かった槐街――ダイスが“彼”と遭遇したのは、その入口に差し掛かろうとした時だった。
向こう側から歩いてくる人影を最初はただの一般人だろうと気にも留めなかったのだけれど、その手に携えられた和弓に思わず足が止まる。
それと同時に向こうも此方に気付いたようで、ダイスへと視線を向けては「おや」とその笑みを崩すことなく彼――黒い和服に身を包んだ男は感情の読めない笑みを浮かべた。
「ご旅行ですか、異国の方」
「ええ……まぁ、そんな所かな。友人とはぐれてしまってね、探している最中なんだよ」
優しそうに声を掛ける彼に、ウォッシュフォルム――交渉人の役を演じるダイスも穏やかな笑顔で応じる。
一見すればなんてこと無い世間話のようだけれど、お互いの目が笑っていないことくらいダイスも彼もとっくに気付いている。
そして……互いが本来即先頭に発展してもおかしくない、敵同士であることにも。
「それはそれは、見知らぬ土地で迷子とは不運でしたね。諦めて帰国なされば、そのうちお友達とも再会出来るのでは?」
これまた、遠回しに見えて直球な帰国を促す言葉。戦闘体勢には入らずとも、彼の敵意はひしひしと伝わってくる。
さりとて、此方も逃走を果たした直後で満足には動けぬ身――戦闘に持ち込むのは得策ではない。どうやら話は通じる相手のようだけれど、黙って見逃してくれる筈も無いだろう。
さて、どうこの場を回避しようか……そう、笑顔の裏で思考を巡らせた直後。ダイスの視界が遠くに捉えた一人と一匹は、確信こそ持てないが探していた友人と相棒ではないだろうか?
「あー……アドバイス有難う、見知らぬお兄さん。でもね、どうやら僕は帰らずとも大丈夫みたいだ。……おーい、コペさーん!!」
大声で呼んだのが聞こえたのだろう、真っ直ぐ此方へと向かってくる人影に眼前の男は振り返りもせずただただ笑みを讃えるのみ。そうして段々と大きくなる人影は、此方に向かって手を振りながら駆けて来る。
「やー、良かったぁまた会えて! 一時はどうなることかと思ったよー……あれ、この人は?」
予想通り、その人影は探していた友人と相棒――コペルニケルとフェネインだった。此方に向かって来た友人は、ふと男の存在に気付き足を止める。
一発でトージョウ民だと分かる服装と携えている弓に警戒したのだろう、彼がそれ以上距離を縮めることは無い。
「ああ、心配しないでコペさん。この人には、ただ道を聞いてただけだから。 ……どうも有難うございました、お兄さん。僕、お陰様で友人と再会出来たよ」
「それは……良かったですね。道中、お気を付けて」
攻撃を警戒しながら、ゆっくりと男の横を通ってダイスはコペルニケルとフェネインの元へ向かう。しかし意外にも彼は皮肉げな言葉を返したのみで、此方に攻撃しようとはして来ない。
その理由は知らないが、どちらにせよ好都合だ。ダイスはコペルニケルとフェネインに合流し「それじゃ、さよなら!」と言い残すなり男の目の届かない場所を目指し足早にその場から立ち去った。
フェネインはひらひらと宙を舞い、コペルニケルは時折振り返って男の動向を警戒しつつ着いて来る。そうして、どれぐらい歩いただろう? いつしか景色は街の入り口から、槐街の中央通りに移っていた。
「あー、良かった追い駆けられなくて。コペさん、大丈夫だった?」
「もしかして、今度はウォッシュ君? ……ま、良いや。ボクも何とか無事に逃げ切れたよ。男の子は、ちょっとしつこかったけどねぇ」
笑い合う二人はもう既に何時もの調子で、其処に死闘の後だなんて痕跡は見当たらない。
ダメージが残っているのも、ぱっと見では気付かれないだろう。但し、疲れ切っているのは紛れもない事実だ。
ドーン、と何処か遠くで何かが爆発したような音が聞こえる。それはきっと、他のファミリーとトージョウの民が戦闘している証に違いない。それでも、今の二人に其処まで出向き加勢するような体力は残っていないのだ。
「……あ、そうだ。折角逃げ切ったんだしさ、ここでちょっと買い物して行こうよ。簪とか、君に似合うと思うんだよね」
「え、良いの? じゃあ、何か可愛いのダイスに選んで貰おうかなー」
束の間の休息と言わんばかりに、観光を再開しアクセサリーショップ巡りを始めたダイスとコペルニケル。一般人は奇異の目を向けるけれど、そんな事は二人共気にならなかった。
どうせこの後もトージョウ中を回るのだ、少しくらい遊んだって罰は当たるまい。
その後、カントーに出向いた先で極野森神社に立ち寄ったり滝見物をしに行ったトージョウの境目で再び先程の女忍者と少年武士との戦闘が勃発したりするのだけれど――それはまた、別の話。
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(お子さんお借りしました!)
登場モブキャラ簡易紹介
浅葱 鴨之介(あさぎ かものすけ/カモネギ♂)
ウバメの森に建つ名門剣術道場の跡取り息子で、極野森鳥の旧友。トージョウ自警団に所属する、好奇心旺盛な19歳の少年武士。
剣術の腕前はまだまだ発展途上だが最近は忍者ごっこに夢中で、たまたま戦争を切っ掛けに知り合った千鳥さんを勝手に「ししょー」と呼び懐いている。両親は若いからと、彼の好きにさせている様子。
ストライク時代からの大事な友人として、また剣術の修行相手である原型ハッサム♂のザンギリを連れ歩いている。主よりも強く、冷静な頼れる相棒。
しかし主に厳しく、余程の事が無い限りは後ろで戦闘を見ているだけ。本当に危なくなったら、問答無用で回収して逃走する。