――カロス地方、とある建物の一室にて。

 色取り取りの衣装に囲まれたその部屋で、真ん中の空いたスペースにぽつんと一つ置かれたベッドの上に胡座をかきながら青年――ダイス・ハロウは座っていた。

 楽しげに身体を揺ら しながら眺めるのは、古めかしい町並みの写真が表紙を飾る一冊の本。その題名は「世界観光記〜トージョウ編〜」とある。どうやら、各地の風景を紹介する写真集のようだ。
 膝の上に乗せた本が紹介してくれるのは、どれも話こそ研究所で生活していた頃に聞いたけれど本物を目にした事がない――未知の世界。しかも近々其処にファミリー総出で向かおう というのだから、これでワクワクしない筈がない。

 

 ついこの間、三巨頭の一人であるレディ――イベルタル直々の見舞いを受けて以来ダイスは割りと毎日上機嫌だった。

 他にも、ホウエ ン地方の刑務所内でネコ耳の可愛い女軍人――確かミライと名乗っていた――と知り合えたというのもあるだろうが……。

 勿論、それを指摘した所で本人は悪びれもせず「味方だろうと 敵だろうと、カワイ子ちゃんに優しくされて悪い気はしねェだろ」なんて返すのだろうけど。

 兎も角、彼は連日に渡る幸運とそう遠くない“旅行”――もとい、襲撃に心を踊らせていた。柄にもなく書店で写真集なんて買ってみたりして、その様子は同居人――もとい、家主の コペルニケルにも呆れられた程。

 そんな主人の様子を相棒のフェネインも何処か呆れたように眺めながら、シルクハットの中で休んでいる。

「へぇー、トージョウにはトバっていうカジノがあんのか……。チョーカハンカ、だっけ? よく分からねぇけど、面白そうだしやってみてーな。
 ……そうだ、トージョウっつったらテウねーさんによく話を聞いてたよな。今大丈夫だといーけど……」

 周囲に構う素振りは微塵もなく、幸せオーラを隠そうともせずに振り撒く笑顔の彼はふとベッドサイドのテーブルに置かれている小型の通信機を手に取り慣れたナンバーを呼び出した。

 ワンコール、ツーコール、スリーコール……きっかり三回目の呼び出し音の後に電話口から『はい、どちら様でしょう』と機械が録音したかのような女の声が聞こえてきたなら、これ また慣れた様子で「オレだ。久し振りだな、ノーヴェ――つっても、この間電話したばかりか」と挨拶を。少しの沈黙の後、電話の向こうの女性は『……ダイス、どうしたの?』と改め て砕けた口調で用件を問い、そして小さく『……博士、今出掛けてる』と付け足した。

 電話口でしか上手く話せない彼女――色違いメタモンの少女にしてミュータントのノーヴェは、ダ イスがアンドリューズ・スマイサーの研究所に居た頃は未だ建物外での活動を許可されていない未成熟体だった。

 それが現在は立派にミュータントとして活躍していると聞いたのは未だ戦争が始まる前だっただろうか――兎も角、妹にも等しい存在の彼女の成長に喜んだのは間違い無い。

 非戦闘型なので今回の戦闘には参加していないようだが、行く行くは研究所の運営を担う重要な存在となるだろう。

 ――さて、閑話休題。

 そもそも、用があるのは博士――アンドリューズ・スマイサーではないのだから、彼が居ようと居まいと今回においては関係ない。

「や、今日は博士じゃなくてテウねーさんに用があんのさ。居るかい? そんなに時間は取らせねぇさ」

 呼び出し相手の名を告げるとノーヴェからは『……しばらくお待ちください』と応対モードで返され、代わりに流れる単調な電子音のメロディ。

 聞けばわかるけれど題名の思い出せないクラシックが数分間流れた後、プチリと音は消えて代わりに別の女性の声がダイスを出迎えた。

『賽か……妾に何の用じゃ』

「あー、アンタまた変なの降ろしてるな? オレ、何度も言うけどサイじゃなくてダイスだって。好い加減覚えてくれよ、アンタ何十年間違い続けてんだよ」

『戯け、そんな訳の分からん横文字など使うか。賽は賽じゃ』
 

 尊大ながら覇気を感じさせない口調でダイスを賽と呼んだ彼女――極野森鳥は、博士ことアンドリューズ・スマイサーの助手として研究所に住み込んでいる陰陽師である。

 しかし本人曰 く「専門は霊媒」なのだそうで、普段はぽわぽわとした性格ながら頻繁に“降霊”と称しては多重人格にも似た状態に陥っていたのをダイスは善く覚えている。

 思えば、 その光景を眺め ていた経験も現在の“擬似”多重人格を形成する間接的な理由の一つだったのかも知れない。

 幼心に――と言っても当時のダイスは14、5歳くらいだったけれど、様々な雰囲気を使い分け る彼女の姿は格好良く映っていたから。現在は……変わらぬ彼女に、呆れ半分安堵半分の息を吐く程度である。

 カロスに渡った後、ダイス・ハロウの名を貰ったと報告の連絡を寄越した時も彼女は頑なにカタカナを使わず“賽”と呼び続けたのだっけ。

 昔を懐かしみつつ笑い声を零したダイスは、されど雑談もそこそこに「今日アンタに連絡したのはさ」と話題を切り替えて。

「テウねーさんさ、トージョウの出身だろ? オレ、今度仕事でそこ行くことになったんだよね。 で、オシゴトがてらどっか観光に行きたいんだけど……どっかオススメ、ない?」

 知り合いの出身地を襲撃しに行くのを説明するのに平然と“仕事”なんて言葉を用いたけれど、研究所以外の世界に長らく触れていないらしい彼女は恐らく先の戦争の事も詳しくは知 らないのだろう。

 勿論、トキワの森にあるという彼女の実家――小さな神社だと聞いた其処を積極的に襲撃する気は微塵も無いけれど。

『ふむ……矢張り鉄板はスズの塔、トージョウの滝、それと小金の百貨店じゃろうか。あまり種類を挙げられんで、すまぬな。……何せ、妾はあまり常磐の森から外に出たことが無かった故。同じ地域といえど詳しい訳では無いのじゃ』

「ふーん。塔、滝、百貨店……ねぇ。じゃあ、取り敢えずその三つは見て回るかな。 サンキュ、テウねーさん。オレもそんなガッチガチにスケジュール固めて行く訳じゃないからさ、参考までに聞きたかっただけ」

『なら良いのじゃが……力添え出来ず済まんのう』

「だーかーら、そんなん現地で決めるから良いんだって! ……あっ、ごめんテウねーさん。友達が帰って来たっぽいから、そろそろ切るわ」

 ふと、扉の向こうから聞こえたガチャリという音。きっとコペルニケルが仕事から帰ったのだろう、段々と大きくなる足音に気付いたダイスは通信機のボタンに指を掛ける。

『ふむ、友とな。……かろすと云う地は物騒な場所だと土竜博士から聞いておったが、友人が出来たのならさぞ心強いじゃろう。では、達者でな』

「ああ、素敵なダチに囲まれて毎日充実しまくってるさ。テウねーさんも、元気でな。博士達に宜しく!」

 プツリ、ガチャ。通話を切り通信機を耳から離したのと、部屋の扉が開いたのは同時だった。
ドアノブを握る彼は相変わらず派手――と云うよりも奇抜な服装に身を包んでいて、見た 感じマジシャンとしての仕事をしてきたのだろうか?

 通信機を脇に置いて「おー、お帰り」なんて軽く手を振れば、通信機とベッドの上の写真集に視線を向けた彼はベッドへと近付い て来る。

「ただいまー。……なにそれ、ダイス何読んでるの?」
「これか? 今度の“オシゴト”しに行くところさ。折角未開の地に行くんだし、ちゃあんと予習しとかねーとな。……コペも、レディから聞いたろ?」

「ああ、おばさんが言ってたねぇ。開国がどうのって……へー、こんな場所なんだ」
 興味深そうに雑誌を手に取りパラパラと捲る彼――コペルニケルは、マジシャン衣装の侭ダイスの座るベッドに腰掛け雑誌を眺める。

 そして、一通り目を通した後……じっと、ダイス の手元に置かれた通信機の画面を見詰めた。

 其処に表示されているのは、発信先と通話時間を記録した「キワノモリテウ 05:38」の表示。それに何を思ったのかコペルニケルは「それさぁ」と通信機を指差して。少し不機嫌そうな口調で、ダイスに尋ねた。

「それ、誰? ……キワノ・モリテウ?」


「あー、違う違う。トージョウの人だから、苗字が先に来る。キワノモリが苗字で、テウが名前」


「ふーん……で、そのテウって誰?」


 矢鱈と気にしている様子の友人に訝しげな視線を向けつつ「あー……テウねーさんは――」と何やら考え込む素振りを見せたダイスは瞬間、ニヤリと笑って通信機をわざとらしく手で 弄んでみせる。

「……昔の女、めっちゃ惚れ込んでたけど向こうから「ガキは嫌い」ってこっ酷くフラれた。ぶっちゃけ今でも好き」

「それ……本気で言ってる?」
 向けられる冷たい視線に、何時迄も下らない嘘を突き通す気など最初からなかったダイスは「冗談に決まってるだろ」とあっさり前言撤回。

 そして「単なる昔の知り合いだよ。向こう 出身だから、トージョウのことについてちょろっと話を聞いてただけさ」と今度こそ本当の話を口にする。

 対するコペルニケルはというと、じっと此方へ探るような視線を向けた侭ダイ スの持つ通信機とダイス本人とを交互に見比べながら口を開く。

「本当に? 元カノじゃなくて?」


「ったりめーだろ。確かにテウねーさん美人だけど、ちょっとお付き合いはしたくねータイプだし……ってか、コペがそんな事気にしてどーすんだよ」


「別に、どうもしないけどさー……」

 友人の奇妙な言動に多少の違和感を覚えつつも、ダイスはあまり気に留めず雑誌を横から覗き込む。其処は丁度コガネの町並みを高い場所から写したページで、その華やかな風景に思 わず心が弾む――と、其処で不意に思い至った一つの考え。三巨頭からの指令をこなし、一人で観光をして回るのも悪くはないけれど……矢張り、一人より二人の方が楽しいに違いない 。

「……あ、そうだ。コペ」


「ん、何?」


「今度のトージョウさぁ、オレと一緒に行動しねぇ? んで、開国ついでにどっか買い物行ったり観
光したりしよーぜ」


「何それ、デートのお誘い?」


「バーカ、オレがデートに誘うのはカワイ子ちゃんだけだっつーの」


「えー、でも一緒に買い物したり景色見て回ったりするんでしょ? それってデートじゃん!」


「あーはいはい、分かったよデートで良いよ。で? コペはどうすんのさ、他に行く奴でも居んの?」


「居ないよー、ダイスがデートに誘ってくれると思って空けておいたからねぇ」


「野郎とデートなんてゾッとしねぇけど……ま、いっか。じゃあ、当日ちゃんと起きろよ」


「りょーかい、ダイスも寝坊なんかしないでよね」

 若干呆れ混じりの、されど何処か楽しそうな笑みを浮かべるダイス。そして、嬉しそうにニコニコと微笑むコペルニケル。

 その二人は傍から見れば正しく旅行の計画でも立てているか のようで、とても他所に開国を迫りに行く算段を立てているとは思えないだろう――しかし、どんな顔をしていたって彼らはマフィアの一員なのだ。
 こうして、やや情報の歪んだ約束が交わされた戦争の数日前。この先に待ち受ける戦いを、運命を――二人は未だ、知る由もない。

++++

(名前だけお借りしました!)
イベルタルさん@NPC

(お子さんお借りしました!)
コペルニケルさん@Aノ193さん宅

登場モブキャラ簡易紹介

ミライ・リンクス(エネコロロ♀)
ダイスがホウエンの刑務所で出会った亜人……ではなく、亜人風のアクセサリーを身に付けた若い女軍人。敵であるカロスファミリーにもフレンドリーで、ダイスが口説いて遊んでいた 。
ダイスは知らないし本人達もあまり面識は無いがダイスの恩人であるイグニス・ジャット(自宅エアー)の親戚だったりする。

極野森 鳥(きわのもり てう/ピカチュウ♀)
ダイスの育ての親であるアンドリューズ・スマイサーが研究所で彼の研究を手伝っている、トキワの森出身の亜人陰陽師。24歳独身、現在はISHの研究所に住み込んでいる。ダイスにとっ ては、今も昔もちょっと抜けた部分のある放って置けない姉のような存在。
降霊術が専門であり、普段の性格で他人と接するのは稀。また、ホウエン軍に所属しているソルチオ・フォルトゥナータ(自宅エアー)の姪でもある。

ノーヴェ・スマイサー(★メタモン♀寄り♂)
アンドリューズ・スマイサーによって製造されたミュータントの少女。もう19歳だが、非戦闘型で日常生活をサポートする目的で造られたため戦争に直接は参加していない。身体をゲル 状に溶かす能力を持ち、暑い日は大体研究所の廊下で溶けている。
電話番だが口下手で、受話器越し且つ見知らぬ人物が相手でないと上手く喋れない。ダイスにとっては妹のような存在。