――ホウエン地方、空母内。

 移動に使った船を気絶中の船員達に託し――もとい、丸投げして乗り捨てて、ダイスは無事空母内への侵入を果たした。

 程無くして合流した上司の相棒――ジョセフィーヌと名付けられ左耳の付け根に小さな青いリングを嵌められたメレシーに導かれ、道中襲い掛かってくる敵を痺れさせたり蹴り飛ばしたりしながら足を進める。

 掛ける言葉は「すみません」「失礼します」など低姿勢でありながら攻撃は容赦無く、そう足止めを食らうことも無く目的地――船内の一室へと辿り着いた。

「物好きな………を……為に……とは……」
「……るせぇ……俺だって……きで……んな事……」

 扉から微かに漏れ聞こえる、聞き慣れた声と聞き慣れぬ声の会話。律儀にノックをして「入るが良い」と聞き慣れた声が応えたなら、ダイスは恐る恐るドアノブを捻って部屋の中へと入った。

 不安半分、期待半分――そんな目をして。

 そして眼前に広がっていたのは――明らかに、拷問の真っ最中な光景。

 二人の男が向かい合い、片や豪華な装飾が施されて且つ刃先に紅い液体の付着しているナイフを持ったイグニス、そしてもう一人はダイスと同い年くらいの軍人と思しき男――というか、知り合いだった。

「……ルタニアさん、何してるんですか?」
「はぁ? お前……そんな奴だったか?」

 椅子に座った――恐らく無理矢理座らされたのだろう、後ろ手を縄で縛られ拘束されていたのは以前カロスのカジノで一回だけ顔を合わせたことのある軍人――ルタニア・ステブクラス。

 自分の記憶が正しければ、確か彼は拷問されるより拷問する側だったような気がするけれど。それ以前に、声がどう考えても先程の通信機で聞いたのより低い。

 質問を無視して、しかし以前と――以前顔を合わせた際に演じていた“カジノディーラー”の役とは違う此方を不審そうに睨む彼から視線を外し、ダイスはイグニスに問い掛けた。

「イグニス様、コレがさっき仰っていた“面白いモノ”ですか?」
「……いや、先程のモノとは違う。だがなダイス、コレも同じくらい面白いぞ。何せ自らを身代わりにとして差し出し、相棒と主人を逃がす程だ」
「うるせぇ! ……あんなのが俺の主である訳がない。此方だって不本意なんだ」
「良い子だ、ジョセフィーヌ。……ではな、ダイス。後は好きにし給え」

 主人……もしかしたら先程の悲鳴の主が、彼の上司か何かなのだろう。その言葉通り、心底不本意そうに吐き捨てる。

 イグニスはそれを全く意に介する様子は無く、ダイスを此処まで案内したジョセフィーヌの頭を撫でる。そして当然と言わんばかりに、ルタニアを置き去りにして部屋の出口へと向かい始めた。

「……一応お訊きしたいのですが、イグニス様――何処へ?」

 尋ねたダイスに、振り返ったイグニスは何の不思議も無さそうに――悠然と、一言。

「……? 決まっておろう、菓子の時間だ。ミアレガレットを食べなければ」

 無言で脱力するダイスを他所に、上司と上司の相棒であるメレシーの背中は遠ざかり――やがて、見えなくなった。
彼はいつもあんな感じだ。

 どれだけ激しい戦いの中に身を投じていても、どれだけ多くの敵と対峙していようとも、決まった時間に決まった場所で決まった甘味を食べるのがイグニスという男だ。

 そして残されたのはスピンフォルム――“拷問師”のダイスと、椅子に縛り付けられたルタニアのみ。さてどうしようか――見知らぬ相手ならまだしも、知り合いを遊びで拷問する程スピンは肝が据わって居ない。

 さりとて解放する気も最初から無いらしく、恐る恐るルタニアの方へと近付いて行った。

「あー、ええと……この役の“僕”とは初対面、ですよね?」
「役、だと……? 俺が知ってる限り、お前はもっと軽薄な野郎だったがな――ダイス・ハロウ」
「ええ、貴方と会った事は記憶しています。別の役――カジノディーラーの“僕”が、お相手したと思いますが。……ああ、もうややこしいな」

 初対面の人間には必ずと言って良い程しなければならない説明を、普段ならまだしも戦闘中の今することは非常に面倒だし意識をそちらに持っていかれるという危険を伴う。

 ダイスは被っていたシルクハットを取り、その中へ手を突っ込み――そして、一つのサイコロを取り出した。軽く投げ上げた其れの目をじっと見詰め、重力に従い自身の正面に来た瞬間に勢い良く捕まえる。

 そっと開いた掌の中にあった其れが示していたのは――予想通り、一の目。“拷問師”から“カジノディーラー”の役へと変化したダイスは、ニヤリと笑ってサイコロを掌で転がしながら見せ付けるように彼へと向けた。

「こーんな具合にさ、オレはサイコロ振ってその場その場に合わせた役柄――性格っつった方が分かりやすいか? 要するにキャラを変えてんのよ。オッケー?」
「……ハッ、相変わらず訳の分からねぇ野郎だ」
「そうかよ、頭の硬ェヤツは皆そう言うぜ」

 さーて、オタノシミの続きと行こうじゃねぇか。オレはスピンと違って、知り合いだろうが何だろうが激しいぜ――そう言おうと、ダイスが口を開いた直後。

 

 

 「バン!」と突如、二人だけだった筈の室内に大きな音が響く。

 

 驚いて扉の方を振り向いたダイスの視線の先に立っていたのは、臆病そうな眼鏡を掛けたルカリオが服を着て武器を身に付けた――そんな外見の青年と、原型の色違いスカンプー、そして耳にリボンを着けたリオル。

 一人と二匹、或いは三匹と呼ぶべきだろうか? そんな、初対面しか居ない組み合わせだった。

「ルタニアさん、先程は有り難うございます! きゅ……救出に参りました!」
「シュオ……逃げろっつっただろ、何の為に身代わりになってやったと思ってんだ」

 心底忌々しげに零すルタニアの言葉は獣人の青年――シュオには届いていないようで、彼は一直線にダイスへと視線を注いでいる。

 ああ、これが先程の悲鳴の主か。声が同じだ――そんな事を考えている間に、何時の間にか纏う雰囲気が変わり、その眼鏡の奥の双眸に特徴的な紋章が浮かび上がり――ダイスがヤバいと感じたのも時既に遅し。

 彼の咆哮が響き、その音の波がビリビリと空気を揺らした。

「外道なマフィアめ――ルタニアさんを……ルタニアさんを離せええええええええええっ!!!!!」
 
 眼鏡を外して軍服の内側にしまったシュオの眼差しは先程の弱々しいものではなく、まるで覚醒したかのように鋭い其れは正しく獣の眼差しだ。

 思わず怯むダイス、その一瞬の隙を突きシュオは“しんそく”で一気に距離を縮め振り向きざま拳を浴びせる。

 為す術も「これはオレがやったんじゃねぇよ」なんて無意味な弁解を口にも似た軽口を叩く暇も無く「ぐえっ」と吹っ飛ばされ硬い床に転がったダイスには目もくれず、ルタニアの縛り付けられている椅子へと一直線に向かったシュオは「大丈夫ですか?」という心配そうな言葉と共に、剣でロープを切り彼を開放した。


 床に仰向けに転がりながら、ダイスは思う。……ああ、これは所謂一つの“詰み”という奴ではないだろうか。

 恐る恐る彼らへと視線を向けたダイスの視界に飛び込んできたのは――立ち上がるルタニアと、殺気立ったシュオ――メガルカリオへと覚醒した、獣の姿。

 そして天井付近で我関せず、とでも言いたげにシルクハットを持ってひらひらと浮遊する相棒の姿。
 
「さぁ……――“反撃”の時間と行こうか」
 
「マジかよ……」 

 此処にイグニスが居たら、少しは変わっただろうか? いや――考えても無駄だ、彼はきっと己なんかより菓子の時間を優先させるだろうから。

 それに、自分だってこの程度の修羅場は何度も潜り抜けて来た。今更ピンチだからといって上司に泣き付く程に弱くは無い。
 ……とは言え最悪、骨の一本や二本折るくらいは覚悟しておくべきだろう。わざとらしい程にゆっくりと近付いて来る二つの靴音に、そっとダイスは苦笑を零した。


**


 ――再びホウエン地方、空母内。

 あの後、ルタニアが座っていた椅子に座らせられて首を絞められたり銃を咥えさせられたりナイフで首を切られかけたりetc……様々な拷問を受けつつも隙を突いて逃げ出し、途中で出会った仲間達の協力もあってどうにかルタニアの追跡を振り切ったダイスは――つい数時間前に己が拷問を加えた機械整備士の男と同じように、息を切らしながら廊下の床に這い蹲っていた。

 勿論、、好きでこんな無様な姿を晒して居る訳ではない。寧ろ脚にも攻撃を受け疲弊していたため、此処まで走って逃げられたのが奇跡なくらいだ。

 

 いつルタニアに追い付かれるとも分からず、恐怖こそ感じないものの今度こそ骨を折られるのではと身震いする。因みに、シュオに追い付かれる心配は微塵も していない――何故 なら怒り に燃えていた彼も、拷問が進む内に段々その内容を直視するのが怖くなったのかダイスの腕から流れ落ちた血を目にした瞬間メガシンカ状態が解けてふらりと倒れてしまったからだ。

 その様子を見て呆れたルタニアにつられ、流石にダイスも彼の行く末を心配してしまう。……尤も彼が倒れたお陰で隙が生まれ、フェネインの“サイケこうせん”で腕を縛っていたロープを解く事が出来た訳なのだけれど。

 

 そして脱兎の如く部屋を飛び出し――現在に至る、という訳だ。


「しっかし……どうすっかねー、身体はあんまり動かんし此処マジ敵陣ド真ん中だし……ん?」


 ふと、顔を上げた先に見えた人影――ピンク色のシルエットを描き此方に近付いて来るそれは、敵だろうか? それとも味方だろうか?
 力を振り絞って立ち上がったダイスに人影は少しずつ接近し、軈てそれが軍服姿の俯いた青年であると分かる距離になってから始めて此方に気付いたようで「あっ」と声を上げて驚いたように立ち止まった。

 よくよく見てみればその手には一丁の拳銃が握られ、彼の背後からは特大のバケッチャが顔を覗かせている。


 手元の銃とダイスとを交互に見比べ困ったような表情を浮かべる青年、此方はどう好意的に見積もっても軍服に見えるとは言い難い服を着ているのだから敵と判断されたと考えて先ず間違い無いだろう。

 しかし、ダイスの身体はさっき受けた拷問のお陰で満身創痍も良いところだ。肉弾戦に持ち込もうものなら、今のダイスは子供相手だって敗北を喫する事になるだろう。さて、どうするべきか――。


「……よぉ、ボウズ。初めまして」


「ええっ!? え、あ、その……初めまして、こんにちは」

 


 一か八か、先ずダイスが取った行動は人間としては基本だが戦場では恐らく必要ない動作――挨拶だった。

 明らかに敵っぽい風貌の男に挨拶された事に驚いたのか、それともダイスが何の悪気も無くボウズ扱いした事に吃驚したのか、青年は肩を震わせ視線を彷徨わせつつも小さな声で挨拶を返した。

 その手に握られた――きつくきつく握り締められた拳銃の引き金に、指を掛ける様子は無い。

「オレはダイス・ハロウってモンなんだけどよ……ボウズ、お前は何者だ?」


「あ、あの……俺、シュリダって言います。シュリダ=ジルヒャー……」

 怯えているのか驚いているのか分からない視線を此方に向ける青年――シュリダ。声は男性のそれだが不思議と少女趣味めいた物を感じる服装を眺めつつ、ダイスは密やかにニヤリと口角を上げる。

 相手が彼なら、若しかしたらこの窮地を突破可能かも知れない――そんな確信めいた期待を込めて。

「そうかい、じゃあオレとお前は敵同士だな」


「っ……!」


「おいおい、そんな物騒な玩具はしまえよボウズ。……オレは別に、アンタをボコボコにしようだなんてこれっぽっちも思っちゃいなにんだからさ」


「……え?」


「取引しよう、っつってんだよ。平和的な解決方法、って奴をさ」


「と、取引……? 平和的……?」


 此方の言葉一つ一つに面白い程の反応を返すシュリダに、笑いながらダイスは持ち掛ける。天井から舞い降りて来たフェネインから受け取ったシルクハットを被り直し、真っ直ぐ彼――シュリダを見据えて。

 彼は“平和的”というワードに対して僅かに身体を震わせたけれど、それ以上何かを尋ねる事は無い。


「オレのフェネインとアンタの相棒、戦わせてみねぇか? オレが勝ったらアンタはオレを見逃す。アンタが勝ったらオレはアンタに危害を加えない。……暴力沙汰はもうゴメンなんだ、悪い話じゃないだろ」


 それはどちらにしたってダイスの逃走を意味するものだったけれど、軈て小さく彼が頷いたのを見ればダイスは満足気に笑う。

 その戦いを歓迎するかのようにフェネインがふわりとシュリダの帽子の上に舞い降り、彼の表情を和らげた。

 「珍しいな、フェネインが野郎の頭に留まるなんて。普段は女にしかやんねーんだけど……お前、本当は女?」なんてからかえば、必死に否定する彼に益々ダイスは上機嫌そうな笑みを深める。

「その子……」
「ん?」
「そのビビヨン……フェネインちゃんって、言うんだね」
「おうよ、オレの自慢の相棒さ。そんなに強くはねーけどな。……よし、来い」

 そして相棒を此方に呼び寄せたなら――「始めようぜ」そう、不敵に笑いながら彼に“宣戦布告”をした。彼もそれに応えるかのように、小さく頷く。

「い、行けっ。ミュルミュル!」
「遊んでやんな、フェネイン!」

 其々の主人の命を受けて、バケッチャとビビヨンは向かい合う。空母の廊下は決して広いとは言えないけれど、バトルをするには充分だ。
 向かい合う二人と二匹――人知れず、其処で小規模な戦いが始まろうとしていた。



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お借りしました!

ルタニアさん(@小慶美さん宅)
シュリダさん(@昼日中アイコさん宅)


登場モブキャラ簡易紹介

シュオ・ステブクラス(ルカリオ♂)
ホウエン軍所属の参謀にして、ステブクラス本家の跡取りである獣人の青年。頭は切れるがいまいち戦場慣れしておらず、メガシンカ時以外の戦闘能力は低め。
左耳の付け根辺りにリボンを付けたリオル♀のリリアンを相棒に連れている。