――カロス地方ミアレシティ、ノースサイドストリート。

 

 「……なァ、どうするよ姐さん。あちらさんは殺る気満々っぽいぜ」

「紳士たるもの、落ち着いて対処するべき――……そう言いたい処ですけれど、私の大事な家族に危害を加えるのを黙って見過ごす訳には参りませんね」

 

 赤髪の青年と白いコートの淑女は、どちらも笑み――とは言え片や獲物に飢えた獣のような凶暴なそれ、片や子供を見守る母親のような穏やかなそれと種類は違うけれど――を浮かべながら並んでいる。

 二人の視線の先には、此処らではあまり見掛けない奇妙な身なりの二人組が此方を睨み付けていた。

 

 片や、車椅子に腰掛けた歳若い女性。片や、鳥ポケモンの嘴を模したかのようなマスクを付けた男――尤も、その珍妙なマスクの御蔭で本当に彼が此方を睨んでいるのか否かは分からないけれど。

 車椅子の女性の方は、不機嫌とも怒っているとも取れそうなその表情から明らかに此方に敵意を向けているのが分かる。相変わらずマスクの男の方は表情が読めないが、彼女の仲間らしいのを考慮すれば敵か味方かは一目瞭然だろう。 

 

 赤髪の青年――ダイス・ハロウが「姐さん」と慕う白いコートの淑女――モネと出会ったのはつい先程の事だった。

 ファミリー加入時に何かと世話になった彼女を、例え後ろ姿だろうと見間違える筈は無い。そしてまた、こんなに楽しい“祭り”の最中に出会った彼女をスルーするなんて選択肢も最初から無く。

 そんなこんなで行動を共にした数十分後――I.S.Hからの侵入者二人組と遭遇し、現在に至るという訳だ。

 

 互いに一目で敵と判断し、こうして戦闘の間合いに入ったは良いが……どちらも相手の出方を伺い合っており、不気味な沈黙が続いてる。

 それを不意に破ったのは、ぽつりと投げ込まれた一言だった。

 

 「……キミの持ってるそれは、ハーブかな。煙管みたいだけど、煙草の臭いはしないね」

 

 「ハーブ……?何言ってんの? つか、今言ったの誰? お前? それともアンタ?」

 

 あまりに唐突な発言に、思わずダイスは聞き返すようにして嘴マスクの男と車椅子の女性を指差す。

 女性は不機嫌そうに「……うるさいな、君にアンタなんて呼ばれる筋合いは無いよ」と返したきり黙り込み、男はダイスの言葉など気にも留めていないかのように「あまり匂いは強くないね」と呟く。

 不思議そうに首を傾げ「何だよアイツら……」とぼやくダイス、しかしモネは男の言葉に少し驚いたような表情を浮かべた。

 

 「ご名答、この距離でよく分かりましたね。……あなたは、匂いにお詳しいのかしら。そちらこそ、色々な香りの入り混じったような匂いがしますね」

 

  穏やかな口調で返した彼女の言葉に、マスクの男は初めて反応したかのように顔を上げてじっとモネを見上げる。ダイスはそんな男を怪訝そうに眺め、女性は相変わらず不機嫌そうに此方を睨むのみだ。

 

 「……嗅覚は、常人より優れてるみたいだね」

 

 「ええ、これも私の大事な大事な商売道具の一つですもの」

 

「じゃあ……それが駄目になったら、暫くはボク達を追っ駆けて来られない――ねッ!!」

 

 その瞬間、男が両腕を上げた拍子にピンク色の白衣の袖が重力に従いばさりと音を立てて下がったのをダイスは見逃さなかった。

 掌に握られた小さな何か、その正体を確認するよりも早く左手でポケットからサイコロ――役柄変更のスイッチを取り出し、ぽいっと真上に放り投げる。

 振り上げられた男の腕、宙を舞うサイコロ――ダイスが落ちてきたサイコロをキャッチするのと、男が“何か”を投げるのはほぼ同時。

 放物線を描いて迫り来るその“何か”が小さなカプセルであるのを目視するより前に、ダイスは素早くポケットから取り出した瓶をカプセルに向かって投げ付けた。

 

 ――瞬間、響いた「ガチャン」という瓶が割れる音。

 そしてその直後に広がった、炎、そして噎せ返るような謎の匂い。

 

 思わず袖口で口と鼻を覆う二人。炎は両陣営を二分するかのように燃え盛り、尚且つカプセルの中に入っていた芳香をより広範囲へと広げさせている。

 それを忌々しげに睨むダイスの掌には、サイコロが握られていた。紅い丸が三つ並んだ、『戦闘狂』の役――ヒートフォルムへの切り替えを示す三の目が。

 

 「……チッ、妙なモン投げやがってあのイカレマスク! 上等じゃねぇか、イッシュだか何だか知らねェけどテメェら俺様を存分に愉しませてくれんだろうなぁ? ああっ!?」

 

  先程とは口調も人称も変わり、正しく“人が変わった”かのように言葉悪く叫ぶ彼に、モネの「やっぱり……読めない子だわ」という呟きは恐らく炎の燃える音に遮られ届いていないだろう。

 目の前の敵――獲物に狙いを定めた“戦闘狂”は、サイコロをしまったと同時に別の火炎瓶を取り出した。

 車椅子の女性と嘴マスクの男も、今のを合図に臨戦態勢に入ったらしい。車椅子はカシャンカシャンと音を立てて変形し、男の手には新しいカプセルが握られている。

 

 

 ミアレシティの大通り――其処で、また一つ歌姫を巡る激しいバトルが勃発しようとしていた。

 

 

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 (お子さんお借りしました!)

モネさん@黒壱こうたさん

スウィさん@夜士さん

グウェンドリンさん@沙凪さん