――カロス地方ミアレシティ、とある路地裏。
「おーおー……ド派手に上がったねェ、レディの合図。フェネイン、見えるか?」
人通りの少ない其処からカロスの晴れた青空に打ち上がった《デスウィング》――レディこと三巨頭の一人、イベルタルの“メロエッタ殺害命令”を、彼は触覚のようにピョコンと跳ねた髪を揺らしながら愉しげに口角を上げた。
フェネイン――そう呼び掛けられた雅な模様の羽を持つビビヨンは、まるで主――或いはパートナーである彼の言葉など耳に入っていないかのようにゆらゆらと身体を揺らす。
それに気を悪くするでもなく、段々と空に散り消えて行く技の名残を只々見上げる彼の表情は紛うこと無き笑顔だ。
徐ろにズボンのポケットから小型の通信機を取り出したなら、ナンバーを打ち込み発信ボタンを押す。
ワンコール、ツーコール、スリーコール……きっかり三回目の呼び出し音の後に電話口から『はい、どちら様でしょう』と機械が録音したかのような女の声が聞こえてきたなら、慣れた様子で「オレだ、博士居るかい」と尋ねよう。
受話器から『しばらくお待ちください』の音声と共に単調な電子音のメロディが流れ出したと思えば、ややあって音が途切れ……そして、捲し立てるような男の声が聞こえてきた。
『待たせたな! 丁度今、試作品の動作テストをしていた所だ。それにしてもお前から連絡を寄越すなんて何年振りだ? お前が此処を出たのが七……いや、八年前だな!
ずっと心配していたんだぞカロスなんつー物騒な所で上手くやっていけるのかどうか!
そうだフェネインは元気か? アイツは故郷に帰りたがっていたから、さぞや喜んでいることだろう! 所で一体何のよ』
「あーあーあーうるせェ黙れ喋らせろ!! アンタいつも人の話さっぱり聞きやしねーのな! 何の為にオレが連絡寄越したと思ってやがる。理由なんて訊くまでもねェだろうが」
受話器越しに流れるような速度で話す男に怒鳴った彼は、呆れたように眉間に皺を寄せる。
奴はいつもこうだ、一方的に自分の言いたいことだけ喋りまくって勝手に自己完結して暴走しやがる……そんな胸中の呟きが電話越しに伝わる事は恐らく無いだろう。
受話器の向こうの男は『それもそうだな』とやや落ち着いた様子で答える。再び《デスウィング》の消えて行った空を眺めながら、彼は口を開いた。
「歌姫ことメロエッタちゃんの殺害命令……。なァ、アンタどう思うよ」
『どう、だと? 知るかそんなもの。そっちのトップが決めたことなら従えばいいさ。私はそもそも歌姫など知らん』
「はぁっ!? アンタあのメロエッタちゃん知らねェの? うわー、マジ遅れてるわー」
『作品達の中にはそいつの歌を好んで聴いている者も居るがな、私は流行りの音楽なんぞにあまり興味は無いのだ』
「マジかよ……ねーわ、一回聞いてみ今度CD貸すから。絶対メロメロになるから。特にラブソングお勧めだから」
『要らん、それにシーディーなどという時代遅れの産物を再生する機械なぞ、うちの研究所には無い』
「そりゃ時代遅れなんじゃなくてアンタが持って無いだけだろ。……違ェよ、こんな雑談する為に連絡した訳無ェだろ! オレは、アンタが此方に来る予定あんのかって聞きに来たんだよ!」
思わず声を荒げてしまう自分が憎らしい、どうにも奴と会話をすると話題があっちこっち脱線してしまうのは何故だろうか?
一人溜息をつきながら、彼は「だからさァ……」と続けて話題の軌道修正を計った。
「アンタ自身は、この騒動に参戦すんのかって聞いてんの。I.S.Hで科学者やってんなら知ってるだろ――ドクター・スマイサー」
電話相手――ドクター・スマイサーと呼ばれた男は一瞬黙り、そして静かに告げた。
『……いや、私“自身”は何処にも出向かない。第一、私は戦闘能力皆無なのだからそっちの……マフィアとかいう非情の権化のような奴らに適う訳が無かろう。
尤も、私の作品達はトップ3の意向に従い歌姫とやらの救出に向かうらしいがね。私はただ、父親らしく此処で“子供達”の帰りを待つのみだ』
胸に引っ掛かっていたつかえが取れ、無意識の内に口角を上げる。彼はカロス地方に来ない――それが即ち、どういう事を意味するか彼は十二分に分かっていた。それが、そのことが、嬉しくてならない。
「……ああ、それを聞いて安心したぜ。少なくとも、育ての親をぶち壊す羽目にはならなくて済みそうだ。精々、ボロボロになって帰ってきたガキ共を修復してやるんだな。
ウチのファミリーは野郎だろうと可愛い子ちゃんだろうと容赦ねェから――オレも、含めて」
『そうだな、I.S.Hの最新技術には遠く及ばんが恐ろしい奴らだ』
「ほざけ、鉄屑共なんざ一発でスクラップにしてやんよ」
『……精々、死なぬようにな』
「ああ、そっちもな。爆発事故起こして自滅すんなよ――アンドリューズ」
プツリ、と音を立てて通信が途切れる。掌サイズのそれを軽く投げて弄びながら歩き始めた彼の行き先を知る者は、恐らく彼自身しか居ないだろう。
否、彼自身ですら何処に向かおうとしているのか分からないのかも知れない。これだって、一種の賭けだ。
その隣をふわりふわりと舞うように飛びながら「向かう当てはあるのか」と言わんばかりの視線を向けるフェネイン。
彼女の視線に気付いたなら、歩く速度を落とさずに少し考える素振りを見せよう――とは言え、それは素振りのみで実際は特に何も考えてはいないのだけれど。
「……無ェよ、当てなんて。この街歩いてりゃ、誰かしらと出会うだろ……味方なら好都合、敵なら更に好都合ってもんさ」
な?と笑う顔を見返しながら納得したんだかしていないんだか判らぬ表情を浮かべる彼女に、ただ笑いながら通信機をポケットにしまう。これも当分、使う機会は無いだろう。
ファミリーの連絡は、余程の緊急事態で無い限り運任せの遭遇に頼る他無いのだから。……そうだ、これは“余程の緊急事態”なんかじゃ、ない。
彼はこれまで、相手が荒くれ者だろうとギャングもどきのチンピラだろうと戦いが怖いなどど思ったことは一度も無かった。
今回だって、暴れるのも、情報を得るのも、もしかしたら開幕早々襲撃されて死にかける事だって彼にとってはどれも遊びで、ギャンブルで、単なる娯楽でしかないのだから。
生きるか死ぬか、それ自体が既に賭けの対象だ。
彼――ダイス・ハロウはただ歩き続ける、何処までも愉しそうな笑顔を浮かべながら。
全てはファミリーの仲間と三巨頭の為に――さぁ、楽しい祭りの始まりだ。
++++
(名前だけお借りしました!)
イベルタルさん@NPC
メロエッタさん@NPC