「……何の真似だよ、バニーちゃん」

「見ての通りです、虎徹さんの手首を手錠で繋いで何処にも行けないようにしただけですよ」

 

 目を覚ますと、俺は明るい部屋の一室で椅子らしきものに座らされていた。

 窓が無いのはそういう造りだからなのか、それとも此処が地下に造られているからなのだろうか。

 天井に埋め込まれたLEDが煌々と部屋を照らす中、俺を見降ろし影を落とす相棒に声を掛けた。

 

「……どうして、こんな事を?」

「虎徹さんが僕から離れようとするからです。僕には虎徹さんしか居ません。なのに、虎徹さんは僕から離れようとした。

 もう誰も信用出来ないんです。誰も彼も、見る度に親殺しのあの場面が浮かんできて。最近は僕自身が犯人に見える始末です。可笑しいですよね。

 けど、虎徹さんは違う。虎徹さんだけはあの記憶の中でも僕の方に来てくれたんです。

 強く抱き締めて、僕の名前を呼んでくれたんです。だから、」

 

 逆光の所為で表情が読み取れないが、声の調子を聞く限り笑っているのだろうか。

 バニー曰く記憶の中の出来事らしい――殆ど妄想に近いのであろうその話を聞き流し、脳内で現状を整理する。

 

 最後に残っている記憶は、母ちゃんの電話と楓への罪悪感に急かされバニーに退職の意志を告げたシーン。勿論、能力減退のことは内緒で、だ。

 ジェイクが親殺しの犯人ではないと判明し落胆というか軽く絶望しているレベルの彼にこの事を告げるのはかなり勇気が要ったが、楓が能力を制御出来ず兄貴や母ちゃんの手を借りている状況の此方にもあまり時間的余裕は無い訳で。

 俺なりにバニーが落ち着いた時期を見計らって、声を掛けたつもりだ。

 それにバニーだって、告げた直後こそ呆然としていたが快く受け入れてくれていた筈。

 その証拠に、俺の記憶には彼の笑顔がしっかりと焼き付いているのだから。

 

 どうしてこうなった。

 何故俺は、こんな何処とも知れない部屋で縛られている?

 

 

 

 そこまで考えて、不意にBGMと化していたバニーの話が途切れた。

  

「聞いていますか、虎徹さん」

 

「え?ああ、聞いて―――――がッ!?」

 

 視界が揺らぐと同時に、天地が割れるかのような衝撃。

 世界の全てが横倒しになったような感覚と頬と頭への痛みを覚えて、やっと自分が殴られて椅子から落ちた事を理解する。

 起き上がろうにも、両手を背に回す形で縛られているので無様に身体をよじる事しか出来ない。

 どうしたものか。諦めて動くのを止めると、視界の端に見慣れた靴が映る。

 そのまま、髪を掴まれ引っ張り上げられた。

 よく見ると、眼と体の輪郭がぼんやりと水色に発光している。 

 けれど、表情までは見えなかった。ただ、二つの丸い光が俺をじっと見据えている。

 一瞬攻撃されるかと身構えたが、どうやらそうでは無いらしい。

 

「きっと、全部全部嘘なんですよ。

 例えば、他人の記憶を操るNEXTがいて、何処かで混乱している僕を見て哂ってるんです。

 サマンサおばさん、ロイズさん………もしかしたら、僕の知らない誰かかも知れない。

 もう誰も信じる事なんて出来ないんですよ。僕自身すら、僕はもう信じられません。

 けれど、虎徹さんだけは違うんです。虎徹さんはずっと僕を見ていてくれたし、虎徹さんには記憶を操作する能力なんて無い。

 ああそうだ! 虎徹さんが僕を見捨てる筈なんて無いんです。これもきっと、記憶操作のせいですよね。

 僕、虎徹さんの事信じてますから。虎徹さんは僕から離れたり」

 

「やけに饒舌なんだな。けど、いい加減にしろよ………バニー。

 記憶なんて曖昧でいい加減なものを宛てにして、周りを疑うんじゃねぇよ」

 

 遮る。

 バニーの眼が発光しているのを見るとまだ五分も経っていないようだが、その眼は大きく見開かれていてまるで人間の物ではないように見えて。

 それでも臆している訳にはいかない。俺はコイツの相棒だから、恐怖も迷いも全部受け止めてやらなきゃいけねぇんだ。

 

「お前の記憶が入れ替わるってのは、お前にしか分からない。疑うのも無理はねーよ。

 けど、さっき俺が言ったことは俺にも分かる。

 だから、もっと自分を信じろよ。オール・オア・ナッシング――全部疑うか全部信じるか、じゃ駄目だ!」

 

「それって……」

 

「そうだ、まず自分を信じろ。そうでないと、見えるもんも見えなくなって……」

 

 

「それって、虎徹さんが辞めるのを認めろって事ですか!」

 

 

 あ、やべ、地雷踏んだ。俺、死ぬかも。

 ゴメンな、楓、母ちゃん、兄貴。友恵。

 

 青い光を纏う拳は容赦なく振り下ろされた。

 百倍の腕力で思い切り壁に叩き付けられる。先程の比にならないくらいの痛みを感じてもまだ死なないのは、本能的に一瞬だけ能力を発動したからだろうか。

 ああ、完全に能力が消えていなくて本当に良かった。

 見れば、バニーの方も青い光は消えている。やっと五分経ったか……。

 

「虎徹さん。虎徹さん?

 死んじゃいました?そんな筈無いですよね。虎徹さんはずっと僕の側にいてくれるんですから」

 

 虎徹さん、虎徹さん、と、其れしか言えない機械になったかのようなバニーがしゃがみ込み、乱暴に俺を揺する。

 本日二度目の床を味わった後、ゆっくり首だけ彼の方に向ける。

 

 

 ……ああ、やっぱり俺の言った通りだよバニーちゃん。

 人の記憶なんて曖昧なもん、宛てになんざなりゃしねぇ。

 

 

 

 馬鹿だな、虎徹。俺が意識を失う前に見た笑顔は、この瞬間までずーっと張り付いていたんだよ。

 ああバニー、お前何でそんなに歪に笑うんだ。

  

 

 

 

 

 

 

 

Forgot to cry anymore.

 

 

(泣くことなんてもう忘れたの) 

 

(2011/08/09)

(2012/1/10 微修正)