「やっべぇ、完全にやらかした……」

 

 俺は今、自室のベッドの中で頭を抱えていた。

 楓に電話切られたと思ったら後ろにバニーがいて、案の定全部聞かれてて、おまけに勢いでビンタまでしちまったし………。

 謝ろうとしたけどまさかのダイナミック直帰だし、電話かけても家尋ねても応答ないし……。

 そんなこんなでもう翌日だし。どの面下げて出社すりゃ良いんだよ……!

 

「あーもう、どうすりゃいいんだよ………」

 

 本当、俺って間の悪い男だよなー。

 楓にはヒーローやってること言えないから、能力減退のこともバニーの事も言えないし。

 あんな状態のバニーには――否あんな状態で無くても、能力減退なんて言える筈がない。

 アイツには、いつまでもヒーローで居て欲しいんだよ。

 いつ能力が無くなるか分からない――そんな不安に潰されて良いタマじゃねぇ。

 

 あーでも、そろそろ仕事行かねーとなー……。

 バニーに会ったら、兎に角謝ろう。能力減退のことまでは言えなくても、お前の問題が解決するまでは絶対辞めないって伝えなきゃな。

 楓には悪いけど、此処でバニーほっぽり出せる程……出来た父親じゃないんだ。ゴメンな、楓。帰ったら、幾らでも側に居てやるからな!

 

「んじゃ、仕事行くか!

 頑張れ俺、負けるな俺! ワイルドに吠えるぜッ!

 ………よーし、決まった! 行ってきまーす!」

 

*******

 

「あ、お早う御座います虎徹さん。

 何時もより早いですね。どうかしたんですか?」  

  

 ……ん?

 あれ、可笑しいな。バニーちゃんが何故か笑ってるように見えるんだけど。

 昨日あそこまで傷心していた筈のバニーちゃんが、俺の隣のデスクでパソコン弄りながらニコニコ笑ってる。

 何だこれ、怒りが頂点に達すると逆に笑えてくるっていうアレか!? 

 

「え、ああ、いや……バニーが心配でな。

 それで、昨日の事について話があるんだけど………」

 

 恐る恐る話を切り出してみるが、バニーちゃんは微笑を絶やさない。

 ………もしかして、相当怒っていらっしゃるか? 人目があるから笑ってるだけで、二人になると爆発する感じか?

 当然だよな、今のバニーは色んな事がありすぎて混乱してる真っ最中なんだ。それに俺の事まで加わっちゃあな……。

 

「ああ、僕も虎徹さんに言いたいことがあったんです。

 取り敢えず、休憩室にでも行きましょうか」 

 

「お……おう!」

 

 あーやっぱり! 怖い!

 でも、此処でケツまくったらワイルドタイガーの名が泣くぜ!

 ………けど、バニーの後に続いて休憩室に向かうのはやっぱり緊張する。 

 彼の事だ。恐らく感情を剥き出しにして怒るか、昨日みたいに拒絶するかの二択だろう。

 

 

 そうこう考えている内に、俺達は無人の休憩室に足を踏み入れ。

 椅子に座る――かと思いきや、何故だかバニーは真っ直ぐ自販機の方に向かう。

 

「着きましたよ、虎徹さん。コーヒーでもいかがです?」

 

「え?あ、悪いな。頼むわ」

 

 コインを手に二人分のコーヒーを買う相棒の姿はいつも通りと言えばそうなのだが、昨日の一件が一件の為に逆に不気味で。

 これが嵐の前の静けさってやつか?

 返答を間違えられるとコーヒーぶっ掛けられるのか? 昼ドラかなんかで見たぞ、そういうシチュエーション。

 勘弁してくれ、こっちは別に浮気した訳でも無いのに!

 

「どうぞ、冷めないうちに。

 ああ、それで僕に話があるんでしたっけ。虎徹さん?」

 

「おう、サンキュ。

 いや、バニーのが先でいいよ。俺のはそんな大した話でもないし」

 

 ………おかしくね?

 いや、我慢してるだけかも知れないけれど。

 でも、それにしても何かおかしい。知らん振りでもしてるのか? 俺から言い出すのを待ってるのか?

 

「そうですか?……じゃあ、お言葉に甘えて。

 虎徹さん、昨日は――」

 

「あっ!そ、その事なんだけどさバニー!」

 やっぱりか! やっぱり笑顔なのは怒りが限界突破してたからか!

 何か誤解される前に、早く言い出さねーと!  

 

 

「――昨日は、付き合って下さり有難う御座いました」

 

「やっぱり俺はこんな状態のお前の傍を離れる訳にはいかないし……ん?

 え、ちょ、ごめんバニー。付き合ったって、何の話?」

 

「嫌だなぁ虎徹さん、ボケちゃったんですか? 昨日のスケートの事ですよ。一緒に遊びに行ったじゃないですか。ピンバッジまで買って貰って。

 これ、見てください。本革のジャケットには付けられないけど、ズボンになら付けられたので。

 虎徹さんとお揃いですよ。僕、一生大事にします」

 

 そう言って笑うバニーちゃんは、立ち上がり態々俺の方に来てズボンのピンバッジを子供のように見せびらかす。

 声音はとても昨日と同じ人物とは思えないくらい、嬉しそうで。其れが逆に怖くて。

 

「おい………バニー、何言ってるんだよ。

 昨日スケート場に行ったのは、バニーの記憶を辿るためだろ?」

 

「え? 虎徹さんこそ何を言っているんです。

 僕らは昨日、普通に遊びに行ったじゃないですか。

 そりゃあ僕の思い出の場所だから昔の話も少しはしましたけど」

 

 笑うバニーちゃんはどうやら演技ではないらしい。

 一体どうなってるんだ? あの日、確かに俺は21年前の事件について彼が何か思い出せるかと思って、連れ出した筈なのに。 

 

「言ったでしょう? 昔、あそこにあった巨大クリスマスツリーの前でマーベリックさんと写真を撮ったことがあるって。

 虎徹さんとも撮っておけば良かった気がします。ま、僕にはこのピンバッジがあるだけで十分ですけど」

 

「そうだよ、その後お前は親を殺されたんだろう!?

 当時の記憶を思い出すために、俺はお前と――」

 

 

「ああ、その事ですが………もう良いです。

 

 だって、僕は当時犯人の顔も何も――姿すら見ていないんですから。

 何の手がかりもないのに今更足掻いたって、仕方ありませんよね。もう随分昔のことですし」

 

 それに、今は虎徹さんが居てくれるじゃないですか。

 そう笑うバニーの眼は、笑っているのにまるで壊れてしまったかのような空虚さで。

 現実逃避か、はたまた別の何かなのか。

 兎に角、既に俺の知っているバニーではなくなってしまっていた。  

 

「ところで、虎徹さんの話って何です?」

 

 

 

 

「………あぁ、落ち着いて聞いて欲しい。

 俺、ヒーロー辞めようと思うんだよ」

 

「……そうですか。それは、娘さんの事が原因ですか?」

 

「そうだ。まぁ、他にも色々あるが――身体の衰えと、娘がNEXTに目覚めたのが原因だな。

 実家に預けてあるが、制御出来なくて大変らしいし」

 

「それは――解りました。虎徹さんが居なくなるのは寂しいけど、そんな事情があるなら仕方ありませんね。

 

 

 これからは、僕一人で頑張ります!」

 

 

 

 なあバニー、お前は本当に――

 

 

 

 

 

 

 

Will not stop to think about human. 

 

(考えなければヒトは病まない) 

(2011/8/12)

(2012/01/10 微修正)