ぐるぐるわかれて ぐるぐるまざって
まわるまわる まわってねじれて
あさもよるもまざり すべてがゆるされる
おどれおどれ!2ひきのドラゴン!
――イッシュ地方 古くから伝わる童謡より
人間には、双子という種類がある。――これは俺の御主人である少女が、旅の道中で話してくれた知識の一つ。
御主人が言うに、双子とは同じ母親の胎内で同時期に発育し産まれた二人の子供を指すらしい。
かく言う彼女もその種類。
英雄たる御主人の兄弟か…………俺は会った事が無いが、隣で聞いていた最古参のジャローダ曰く「マスターと違って大人しい感じの少年」だそうだ。
手持ちポケモンを全員表に出し終え岩の上に腰掛けた御主人は、尚も話す。
「双子って言うのはね、二卵性と一卵性の二種類があるんだって。
子供の「タマゴ」がママのお腹の中で生まれた時、一個の「タマゴ」から二人の赤ちゃんが出来ることがあって……それが一卵性の双子。ソウセイジって言うの? ま、良いや。
そんで、ママのお腹の中で「タマゴ」が二つ出来た時、一個の「タマゴ」から一人ずつ出来るのが二卵性なんだって。
一卵性の双子ってのは――私は未だ見た事ないけど、凄くそっくりなんだってさ。
お互いの考えてる事が分かるらしいけど、それは本当なのかしら?
……ああ、私?
男と女の双子は二卵性しか在り得ないっぽいから、私とアイツは二卵性だよ。
あーあ、今頃あの子、何処で何をしているのやら……」
その後、御主人の話は双子の兄弟の話に移っていった。
五匹の仲間達が御主人の話に耳を傾ける中、俺は一人考える。
理想と真実、それぞれを求めた彼らの事。そして、我が半身――彼女の事。
人間達にとっては2500年も前の出来事だが、石の中で眠っていた俺にとってはつい昨日の出来事だ。
あの頃は幸せだった。新しい国を夢見て、我等の心は一つだったのだから。
そう言えば、彼らも双子だったのだろうか? どんな顔だったかはうっすらとしか思い出せないが、二人の顔が良く似ているのは印象的だった。
しかし、彼ら兄弟は道を違えてしまったのだ。
そして一匹のポケモンであった我々もまた、お互いが支える者の為に「ゼクロム」「レシラム」と名を変え二つの存在となった。
兄は真実を求め、弟は理想を求め。
俺――ゼクロムは刃向かう者に稲妻を。
彼女――レシラムは、刃向かう者に炎を。
いつしか兄弟は英雄と呼ばれ、俺と彼女の周囲には沢山の人々やポケモンが集まって来るようになった。
平和だった筈の世界は二分され、理想を求める英雄と真実を求める英雄の戦いが始まる。
誰がこんな争いを、望んだというのだろう?
……同じ母親の胎内で生まれ育った者と戦うという事は、一体どんな気分なのだろうか。
あの頃の俺は、戦う事に必死で彼女の事を全然考えていなかった。
元は同じ身体、同じ精神だった相手と戦うというのは、一体どんな気分だったのだろう。
彼女も俺と同じだったのだろうか? 或いは――――いや、無駄か。
今更考えたところで、どうにもならない事ぐらい解っている。
二人の英雄が争いを止めた後も、その息子達が争いを始め。それに嫌気が差した俺と彼女はイッシュを一旦滅ぼし、石に姿を変えた。
再び目覚めるその時こそ、俺と彼女が共に手を取れると信じて……。
しかし、現実はそう甘くもない。
実際、俺達はお互い違う者の手を取った。
俺は御主人の。彼女はもう一人の英雄の。
あの城での別れ際、彼女は俺に何かを言ったような気がする。
「さよなら」だった気がするし、「また会いましょう」だった気もする。いや、何も言っていなかったかも知れない。
あの時彼女は、一体何を俺に伝えようとしていたんだ?
「……どうしたの、ゼクロム」
不意に、我に返る。
五体の仲間は既に居ない。
この場所には、俺と御主人と、流れる風だけが残っていた。
「何でもない」と言おうとして、言葉が通じない事を思い出す。
代わりに頭を振って、翼を羽ばたかせて見せた。
俺は、いつもこうやって御主人を乗せて運ぶ。空を飛ぶのは好きだ。真っ白い雲の中に、彼女の姿が見えるような気がするから。
「もしかして、レシラムの事を考えてる?」
……何故分かった?そう尋ねようとしても、言葉は通じない。
なのに、少女はまるで俺の心が読めているかのように笑う。
「どうして解ったんだろうって、思ってるでしょ。
今のゼクロムの表情は、私がNの事を考えている時のに似てるんだ。
なんて言うか……どっか遠くを見てる感じ。レシラムの居場所を探しているみたいだったの。
元は一つの存在だったんだよね。……やっぱ、会いたい?」
会いたいか……そう聞かれれば、答えは当然YESだ。
しかし、会ってどうなるというのだろう?
また一つの存在に戻る? そんな事、出来る筈がない。それくらい解っている。
ならば、何故?
何故俺は、彼女に――レシラムに会いたがる?
罪悪感? 回帰願望? それとも……。
「好きなんじゃない?」
……?
徐に御主人が口にした言葉。その二文字に俺の思考が惹き付けられる。
好き?
俺が、彼女を?
「好きって、別に恋愛感情とは限らないよ。私がママやアイツに抱く感情は、「好き」だけど「恋」じゃないもの。
会いたいって事は、側に居たいって事なんだよね?
ゼクロムはきっと、レシラムの事が好きなんだよ。
だから、会いたいと思うんじゃないかな」
成程、そういう意味での「好き」も在り得るのか……。
御主人は少女らしい笑みを浮かべ、俺を見上げる。
好き……。
確かに、理由の正体には十分だ。
未だ実感は湧かないが、俺は彼女が好きなのだろう。
元は同じ体と心を持っていた者。
好く理由は要らない、嫌いになる理由はない。
ああ、思い出した。
あの時、彼女が言っていた言葉。
彼女は恐れていた。俺が彼女を嫌ってしまうのを。
きっと、彼女は俺と同じ考えだった。しかし、俺と違って俺の気持ちを考えてくれていたんだ。
――どうか私を許して下さい。
再び貴方に背を向けてしまった私を。
どうか、許して下さい。
……今更、何を言う。
許す許さないの問題など、最初から存在しないだろうに。
どうして、俺が己を嫌いになれようか?
俺は彼女が好きだ。嫌いになった事など、一度たりとも有りはしない!
「……さぁて、そろそろ行こうか?
私も、Nが好きだから探しているようなもんだしね。多分、ゼクロムのと似てる「好き」なんだろうけど。
絶対探し出して、もう一回バトルしてやるんだから!
その時は、ゼクロムにも頑張ってもらうからね!
さぁ、
ゼクロム そらをとぶ!」
聞こえるだろうか、我が半身よ。
長き時を費やそうとも、俺は君を必ず探し出す。
そして、こう言うだろう。
今も昔も、俺は君が好きだ。
I=You―俺と彼女と、黒と白と―
(今は二つの存在)
(元は一つの存在)
(2012/04/02)