ずっと一緒に居ましょうね。

 そんな事を言っていたアイツが、何で自ら命を絶ったのか。

 俺には分からない。

 

 

 

人間めても

 

 

 

 アルフレッドが、自宅で己の胸に日本刀を突き刺して息絶えていた菊を見つけたのが、数ヶ月前。

 左手両足の指を、全て切断された状態で。

 やれ人間関係の悪化がどうの、やれ金銭問題がどうの。

 憶測は山ほど飛び交った。けど、未だに真相は謎のまま。

 一番最期に一緒に居たのは、俺だった。

 夕飯を、御馳走させて下さい。

 何時もよりも、やけに強い調子で言ってきたアイツ。

 要するに、泊まってけって…事だよな?

 最初は戸惑った。けど、思えばそんな事今まで何回もあったんだ。二つ返事っていうのは、多分その時の俺の事を言うんだろう。

 

 ましてや、相手が恋人なら尚更だ。

 

 その晩は、やけに肉料理が多かった気がする。

 ハンバーグ、シチュー、カレー、肉じゃがetcetc……。

 おいおい、このフルコースは一体どういう風の吹き回しだ。精力付けてくれってことか?

 ……とは、流石に聞けなかったが。

 それに、淡い期待に反して菊は何時も通りだったし。

 

 お休みなさい。そう言って微笑みながら襖を閉める菊を見送った時の空しさと、一人で勝手に期待していた俺自身への恥ずかしさと言ったら!

 まぁ、それでも。

 美味しかったですか?との問いを肯定した時のあの笑顔。

 それだけで、俺は十分だったんだ。

 

 

 菊が不可解な死を遂げたのは、それから三日経った朝の事。

 

 俺と菊がそういう関係にあったのは、知ってる奴は知っていた。…要するに、アントーニョ以上の鈍感野郎を除く全世界。

 無論、質問も集中した。時には、謂れもない事で責められた。アルフレッドに至っては、俺も好きだったのにと泣き喚かれた。

 ………最後はこの際除くとして。

 その度に、俺は知らないと何度も言い続けて来た。

 そして、誰もが最後には俺に問う。

 

 本田菊は、何故死んだのか?

 

 俺に言わせりゃ、ただ二つ程。

 そんなもんは知らねぇ。

 と、

 俺が教えて欲しい位だ。

 

 なぁ、菊。教えてくれよ。

 どうして、何も言わないんだよ。

 どうして、何も言わなかったんだよ。

 

 そんな思いも、言葉に出来ないまま。

 時は、流れて行く。菊の死も、菊との思い出も、全て。流されていく。

 

 

 

 

 一年ほど経ったある日、首に小さな腫瘍が出来ていた。

 何時頃から出来ていたのかは分からない。でも、痛みに気付いた時にはもう既に居た。

 耳の後ろの、少し下。髪でギリギリ隠れるか隠れないか。

 

 今の所、取る必要はない。

 そう、医者には言われた。

 小さいから、まだ大丈夫。成長して血管を圧迫するようなら、その時は手術で取りましょう。とも。

 だから、今はこのままで。

 医者がそう言うんだから、間違いないんだろう。

 

 だから、放って置いた。

 時折、チクチクと痛むけど。我慢出来ないほどではないから。

 アルフレッドと話している時。フランシスと口喧嘩している時。イヴァンから逃げている時。王に今度は何をしてやろうか考えている時。アントーニョの鈍感っぷりに呆れている時。

 フェリシアーノとロヴィーノ兄弟の「飯が不味い」と言う根も葉もない批判に耐えている時。ギルベルトと飲んでる時。トーリスへ手紙を書いている時。マシューを可愛がっている時。

 セーシェルに英語を教えている時。大事な俺の妖精達と戯れている時。

 自分は此処に居る、そう主張するように。

 痛い。でも、誰かに言う程でもない。

 それは地味で、ちんまりしていて、変な風に言うと、とても甘い痛み。

 ミルク・チョコレートに包まれた針に、刺されているような。

 その度に思い出すのは、

 

 さようなら。また、来て下さいね。

 

 玄関口で俺を送り出す、菊の微笑み。

 菊の、最期の微笑み。

 そういえば、無くなっていた指は未だ見付かっていないんだっけ。

 何処、行ったんだろうな。

 

 そう、ふと思った時だった。

 

 ちくり、と、小さい痛みが走る。

 菓子でコーティングされた針で刺すような、何時もの痛みとは違う。

 まるで、噛み付くような。

 犬が主人に甘えてじゃれ付くみたいな、甘噛み。

 菊が俺にしたような、甘噛み。

 

 

 

 昔、戦場で餓えに餓えた兵士さんは、人の肉を食べていたそうです。人肉は硬くて不味いと聞きますが、その兵隊さんはどう感じたと思います?

 ……何だよ、突然。

 アーサーさんの肉は、きっと美味しいんでしょうね。だって、こんなに柔らかい。

 

 

 噛み付かれた。

 首筋に歯を立てて、喰いちぎる様に。

 かと思えば、舌を這わせ、撫でる様に。

 

 ……それから後は、言わずもがな。

 

 

 

 似すぎている。あの痛みに。

 菊なのか?そう、呼びかけた。

 返事は…………無い。

 刹那。

 代わりとでも言わんばかりの、激痛。

 狼にでも、噛み付かれたような。

 多分、それが答えなんだろう。

 

 

 以来、腫瘍は成長を止めた。

 それは今でも、俺にぴったりとくっ付いている。

 

 

 

 

「人間辞めても、離れない」

(ずっと一緒に居ますから)

(そんな声が、時折聞こえる) 

 

(2009/12/11)

(2010/07/20 微修正)