「今夜さ、星を見に行かないか」
「…え?」
夏も未だ始まったばかりのとある日、フランシスさんやアルフレッドさん達が(何時の間にやら毎年恒例のように)私の家に泊まりに来た晩の事だった。
ふざけた様子もなく至って真面目な顔で告げたその人の声に、最近某社が発売したレースゲームの興奮が冷め遣らぬ人々――要は、その場にいた全員が彼に注目した。
「……おいおい、何言ってるんだい坊ちゃん」
「イキナリ何を言い出すかと思えば……アーサー、こんな暑い日に外に出るなんて寝言は寝て言えなんだぞ!」
何気に酷い言われようなのに、彼はめげなかった。珍しい事もあるものだ。
そして、勢い良く私の方を向いて。
「菊、覚えてるか? 昔行った、山の場所」
「………嗚呼。覚えていて、下さったのですか? ええ、勿論覚えていますよ」
真白の鳥が想う姫
漆黒の闇に浮かぶ、今にも降って来そうな満天の星空。
普段は行かないような山まで(無論、静かな訳がない。どこかの大学生よろしく、皆はしゃいでいた)歩いて来た甲斐あって、その感動も一塩だ。
都会と違って、外灯も何もない真っ暗な道をアーサーさんに連れられるまま歩いて。
私とアーサーさんがずっと昔、二人で星を見た広場に出る。
広場に着いた途端、その美しさに先程まで乗り気ではなかったアルフレッドさんやフランシスさんさえも歓声を上げて。
「お前も、偶には良い事言うじゃねぇか」
けらけら笑うギルベルトさんに「うるせー」と返しながらも、星空を見上げるアーサーさんは何だか照れているようで。とても可愛らしい。
不意に、眺めていた彼が私の隣に立った。自然に熱くなる頬を夜風に晒しながら、次の言葉を待つ。
「なぁ菊、見えるか? あれがデネブ、アルタイル、ベガだ。こっちじゃ、夏の大三角って呼ぶらしいな」
「ええ、良くご存知で。……ああ、あれが織姫ですね。そして、あれがデネブ。あー……彦星様が、見つかりません……」
「そこにあるだろ? ほら、デネブのもうちょっと横。ほら、早く見つけてやらないと、オリヒメサマは一人ぼっちのままだぜ?」
空を見上げて、必死に彦星を探す私。冗談めかして、嬉しそうに笑う彼。
ああ、この笑顔が。この声が。この方の仕草一つ一つが。
今一度、愛しい。
貴方は、この想いを聞いてくれるでしょうか?
驚かず笑いもせず、ただただ黙って聞いて下さるでしょうか?
そして、願わくば。
この想いを、受け入れてくれるでしょうか?
「ねぇ、アーサ……」
振り返った、瞬間。
アーサーさんは、楽しそうに私の隣で星空を見上げていた。
アルフレッドさんに肩を抱かれて、とてもとても楽しそうに。
私は、何も言えなくて。
本当はずっと、どこかで分かってた。
貴方が、アルフレッドさんを好いていること。
でも、理解したくなかった。認めたくなかった!
「ねぇ、アーサーさん」
「ん?何だよ」
「彦星、見つけました」
「そりゃ、よかったじゃねぇか。……どうした、菊?」
泣きそうなのが表情に出たらしく、心配そうに顔を覗き込まれる。
「見つかっても、届かないですね。織姫は、あんなに近くにいるのに。それでも……泣いては、駄目なんです」
「……菊?」
「七夕以外、会いには行けないのでしょう?」
慌てて取り繕ったのが功を奏し、彼は「そうだな」と微笑んでくれた。
隣で聞いていたらしいアルフレッドさんが宇宙がどうのこうのと言っていたが、今はそんな事如何でもいい。
強がる私はいつだって臆病で、色恋沙汰にはてんで興味がないような振りをしていた。
だけど、胸を刺すような鋭い痛みは日に日に増していく。どす黒い感情に支配されそうになる。
人を好きになるという事は、こんなにも苦しいことなのですか?
私は、結局どうしたいのだろう?
答えは一つ。
「アーサーさんの、隣に居たいです」
夜空に流れた一筋の星に向かって、願う。
でも、真実は、残酷で。
誰も気づいていないようだ。流れ星にも、この願いにも。
隣に立つ、アーサーさんも。その肩を抱く、アルフレッドさんも。
誰も彼も皆、気づかない。誰にも知られぬまま、想いは流れ星と共に消えていく。
ごめんなさい、アーサーさん。
私は、貴方に何も言うことが出来ません。
そして二度と、この夏のような友人関係にきっと戻れない。
貴方の笑顔も、怒った顔も、泣いた顔も。
全部、大好きでした。
可笑しいでしょう?
そんな事は、解かってた筈なのに。
私だけの、秘密。
「菊、流星群だ!」
(貴方が夜空を、指差す)
(憎たらしいほどに、無邪気な声で)
(2009/11/25)
(2010/07/20 微修正)