事の始まりは、日本時間で七月三日の早朝。

 電話口で開口一番挨拶も無く言い切ったのは、私の友人であり翌日に誕生日を控えた彼だった。

 

「誕生日パーティをするんだぞ!」

 

 

 Happy birthday!

 

 

 

「…誕生日パーティ、ですか」

「Yes! 勿論、誰のかなんて聞かないよな?」

「ええ、存じ上げておりますとも。明日……いえ、其方では明後日でしたね。七月四日は、貴方が国として確立した日。つまり、独立記念日。そうでしょう?」

「HAHAHA! 日本は本当に何でも知ってるんだな! その通り! ヒーロ−である、この俺のbirthdayさ!」

 知っていますよ、そのくらい。大体、前も呼びつけた挙句帰りに無人島で遭難したのは何処の何方ですか。

 ……そう、言ってやりたかったですがね。嫌味は胸中に秘めて置くのが、世渡りの要です。

 それに、あの時はナイスなアルアサも見る事が出来ましたし…まぁ、良しとしましょう。

「ところで、他の方には連絡したのですか?」

「いやー、東の方から電話しようと思ったんだけど、皆まだベッドの中みたいでね! 電話に出てくれたのは君が一人目さ!」

「まぁ……そうでしょうね」

 確か、今彼の家は朝方か昼。

 大方、彼は誕生日が楽しみで待ち切れなかった…そんなところだろうか。溜息ついて時計を見遣れば、長針は丁度十二を。短針は……四を指していた。

 まだ、日が昇るか昇らないかの時間帯だ。ついつい早い時間に目が覚めてしまう私ならともかく、近所の国の他の方々は夢の中だろう。

「それで……私は如何すれば宜しいので?」

「ああ、その事なんだけどね……」

 何故だろう。心なしか、受話器から聞こえる声の調子が下がった気がする。

「……」

「如何か、されましたか?」

 アルフレッドさんには珍しく、何かを迷っているようだった。急かす必要など無いが、彼が躊躇するなんて余程の事だろう。

「あ、あのさ……」

「……はい」

 一体、何を言おうとしているのか。覚悟を決めて、私はその先を促した。

「…………ダ」

「……はい?」

 

 

「……マシューの誕生日も、祝ってあげようと思うんだ」

 

 

 意を決したように言う彼は、電話回線の向こう側で一体どんな表情をしていたのだろうか。

 たったの三秒だったかも知れないし、三十分以上経ったかも知れない。

 長い長い沈黙が、二人の間に流れた。

「……なぁ、日本?」

「え!? あ、ああ。はい……」

 不思議そうな彼の声で我に返る。電話口の彼は、意外にも意気消沈しているようだった。意気消沈なんて、彼には無縁な言葉だとばかり思っていたが。

「マシューさん……ですか?」

「ああ。……俺も、ついさっきカレンダー見てて気が付いたんだけどな…」

彼が話すには、こういう事らしかった。

 明後日の誕生日が待ち遠しい余り仕事も手につかない彼は、早くその時が来ないものかとカレンダーを眺めて居た。

 その時に、気づいたのだ。

 自分の誕生日の三日前。つまり、七月一日。

 

 その日が、双子の弟であるマシューの誕生日である事に。

 

 常日頃から弟の存在を忘れかけている彼だが、誕生日を忘れたとあっては流石に罪悪感を感じたらしい。

 それで招待する際に皆にもこの事を伝えようとし、その一番初めが偶然私だったのだ。

「……成程」

「だから、明日のパーティはマシューの分もプレゼント持って来てくれるかい? あとこれはサプライズだから、絶対マシューにはバレないようにするんだぞ!」

「ええ、心得ております。では、集合する時間と場所が決まり次第またお電話下さいませ」

 電話の向こうの彼に頭を下げる。別れの挨拶を聞き、がちゃりと音を立てて受話器を置いた。

 

 忘れていた双子の弟のため、密かに準備するパーティ……ですか。

 

「萌え、ですねぇ……」

 

 私の頭の中には、既にパーティが終わった後の二人の様子が自然と思い浮かぶ。これが現実のものとなってくれたら、どんなにか嬉しいだろう。

「ほのぼのアルマシュ…もまた良いですが、やはり王道はアルアサでしょうか…。いや、いっそアルマシュアサでも良いかも知れません。嗚呼、素晴らしき哉三つ度萌え!」

 ……誰にも、聞かれていませんよね?

 幸い、まだ東の空が明るくなって来た程度。上司もご近所の方々も、この時間では起きていますまい。

 さて、いつもはご近所を徘徊したり漬物を漬けたりして時間潰しをしますが、今日はそんな事も言っていられないでしょう。

 部屋に戻って洋服箪笥を開けると、そこには毎年夏と冬にお世話になる愛用のジャージ。

 ネタは、全てこの頭の中に。

 私は、紙にこの想いを映す映写機となるのです。

  

「さぁ、忙しくなりそうですね……!」

 ぽつり。呟いた私は、きっと戦場を目前にした武士のような目をしていた事でしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 日付は変わって、七月四日。アルフレッドさん宅のパーティ会場にて。

 

 「ハッピーインディペンデスデイ! 今日は俺達の誕生日パーティなんだぞ!」

  時計が一日の変わり目を告げると同時に部屋に響く拍手。それに「やあやあありがとう!」とでも言わんばかりの笑顔で手を振り答えるアルフレッドさんと、彼とは対照的に恥ずかしそうに俯くマシューさん。  

 パーティは大成功。また一つ年をとった双子の兄弟達と、私達は大きな大きなケーキを食べたのでした。

 ……それは、蛍光色が幾つも織り交ざった奇怪この上ない色合いのケーキだったけれど。

 今日ばかりは、「善処します」も「考えときます」も「また今度」もいらない。

 本当に、美味しい誕生日ケーキだったのです。

 そして、真っ赤なリボンで彩ったプレゼント。

 上司の方々に書いて頂いたカードと一緒に渡した時の、お二人の嬉しそうな表情が忘れられません。

 

 マシューさん、アルフレッドさん。

 生まれてくれて、本当に有難う御座います。

 また一年、宜しくお願い致しますね!  

 

 

 

(お誕生日、おめでとう御座います!)

(プレゼントは、勿論お二人の総愛され本ですよ)      

 

 

(2009/07/04)

(2010/07/20 微修正)